皆人、御服ぬぎなどして、(枕草子)

〈問〉次の傍線部を解釈せよ。

円融院の御果ての年、皆人、御服ぬぎなどして、あはれなる事を、おほやけより始めて、院の人も、「花の衣に」などいひけむ世の御事など思ひ出づるに、

枕草子 

ただ単に「現代語訳せよ」ではなく、「解釈せよ」なので、注意が必要です。

基本的部分は「現代語訳」がベースになりますが、適語を補って、具体的な「像」が浮かぶ解答にしていきましょう。

では、周囲の読解をヒントにしていきましょう。

円融院の御果ての年、

〈助詞〉の

「の」は〈連体修飾格〉の格助詞です。

そもそも「格」とは何でしょうか?

「格」とは、〈ある語〉があるとして、それが他の語に対してどういう関わり方をするか、ということを規定したものです。

たとえば「明石浦」であれば、「明石」は「浦」を修飾しています。「の」という語句があることによって、「明石」は、「浦」という語に対し、修飾句であるということが規定されるのです。「の」があることによって、「の」の直前の語が、「の」以降の体言に対して、修飾する資格があることが示されます。体言を修飾していく関係を規定しているので、この「の」を〈連体修飾格〉といいます。基本的に、現代語訳する際に、そのまま「の」とすればいいものは〈連体修飾格〉です。

一方、たとえば「春日の暮れにける」であれば、「春日」は「暮れた」を修飾しているわけではありません。これは「春日が暮れた」と訳すので、「春日」という語は、「暮れにける」という語に対して主語であるということができます。「暮れにける」という述語に対して、「主語」であることが示されるのですから、この「の」は〈主格〉になります。

〈名詞〉はて

「はて」は「果て」であり、「最後」「終わり」のことです。「果ての年」は、「喪の終わりの年」を意味する慣用表現です。

あはれなることを、

〈形容動詞〉あはれなり

「あはれ/あはれなり」は、対象に同情や共感を覚えつつ、悲哀を底に持つ感情です。

もとは「ああ……」という〈言葉にならないため息のようなもの〉であり、そのためか、なかなか現代語訳することが難しい語です。

基本的には「しみじみと心を動かされる」「しみじみとした風情がある」「しみじみと悲しい」などと訳すことが妥当です。

その〈基本的意味〉から転換して、「かわいい/いとしい/気の毒/尊い」などの様々な訳がなされますが、それらは「しみじみ」という感情を文脈に沿って意訳したようなものです。

〈+α〉もののあはれ

「もののあはれ」という言い方があります。

「もの」の本質的意味は、「変えることができないもの」のことです。「自分の力で変えることができないもの」とは何かといえば、

①運命・既成事実・四季の移り変わり
②世間の慣習・決まり
③儀式・行事
④存在する物体、人間

などといったものです。

「もののあはれ」と表現する場合、このうち①の「もの」を示すと考えられています。すなわち「逃れがたい運命がしみじみと悲しい」「自然の移り変わりがしみじみと胸をうつ」などという感情のことです。自然に対して「もののあはれ」と表現する場合、ほとんど決まって〈秋から冬にかけて〉であるのも、「枯れていく季節への悲哀を込めた共感」だからなのでしょう。

ところで、「あはれなり」と似たような訳をしつつも、根本的な意味はだいぶ異なる語に「をかし」があります。『源氏物語』には、「あはれ」と「をかし」が対になって使われている例が十数例あります。

「をかし」も、対象の風情や趣深さを評する語ではありますが、客観的、かつ知的に対象に接し、「興味深い」「面白い」「おかしい」といった感想を意味します。

「をかし」は「をこ(痴・愚)」の形容詞化と考えられており、もともとは愚かでこっけいなものに対して「おかしくて笑いたくなる」という感情を扱いました。したがって、いつもとは違う光景に対して用いることが多く、また、いつもと同じ光景に対してであっても、新たな発見・気づきがある場合に用いられます。「大発見!」「珍しいもの見ちゃった!」という状況や、「改めて考えたんだけど、あれってやっぱりこうだよね」などと、知性を再確認するときにも用いられます。対象に対する批評的で客観的なまなざしをもちつつも、対象を面白がる陽性で肯定的な心性を根にしています。

〈助詞〉を

助詞「を」は、〈間投助詞〉〈格助詞〉〈接続助詞〉として用いられます。もともとは〈間投助詞〉でありましたが、そこから〈格助詞〉で用いられるようになり、そこから転じて〈接続助詞〉でも用いられるようになっていきました。そのうち〈格助詞〉の用例が最も多く、『万葉集』に出てくる「を」は9割が〈格助詞〉です。

〈接続助詞〉は平安後期に定着した文法だと考えられており、そのため『枕草子』や『源氏物語』の時代には〈接続助詞〉の用法はほとんど認められません。〈格助詞〉か〈接続助詞〉かで迷う文例はたしかに多いのですが、平安中期の文献であれば〈格助詞〉のほうであると考えて問題ありません。実際には〈格助詞〉とも〈接続助詞〉とも解釈できる用例が多いので、まさに平安中期が過渡期であったのだと言えます。

おほやけより始めて、院の人も、

〈助詞〉て

「て、」の前後の主体者は、原則的に変化しません。ただし、例外には気をつけましょう。

「て、」でつながっていても、主体者が拡大・縮小・変化する場合があります。特に、「て、」の後ろに〈人物を示す語〉が明記されていれば、主体の拡大・縮小・変化が起きている可能性があります。

ここも、「帝から始めて、宮中の人も、~」という展開は、「て、」がありますけれども、主語が変わっています。しかしながら、結局このどちらも「円融院のことを思い出す」という「同じ行為」をするわけです。いわば「共通の行為者」です。

「花の衣に」などいひけむ世の御事など

〈+α〉花の衣に

「花の衣に~」は、かつて、仁明天皇が崩御し、喪の儀式が明けたとき、遍昭が詠んだ歌です。「喪が明けて、みんなが(通常の)華々しい衣服に戻ってしまった」ことを、寂しがって詠んだ歌であり、すなわち今回の、「円融院の喪が明け、皆が喪服を脱いでしまった状態」と、きわめて似ている状態なのです。そのため〈おほやけ(天皇)〉をはじめとして(中心として)、〈院の人(宮中の人々)〉も、「かつて仁明天皇の喪が明けた時に遍昭がこんな歌を詠んだそうだよ。まったく今のこの状況に似ているね。寂しいなあ」と思っているのです。

〈助動詞〉けむ

「けむ」は「き」+「む」です。「けり+む」の説もあります。

いずれにせよ、「過去」に対しての「む」だと考え、すべて「む」を過去時制で訳せばよいでしょう。

直後に体言を伴う〈文中連体形〉であれば、「む」と同様に、「婉曲」的に訳せばよいことになります。

なにしろ過去のことですから、「ぼんやりと」思い出している状況です。「~といったような○○」と訳します。

また、過去を推量するという状況においては、「噂話」がきっかけとなることも多いため、「けむ」は、「過去の伝聞」を意味することもあります。「~たとかいう○○」と訳します。

「自分自身の推量」なのか、「人から聞いた話」だったか、境界が不明瞭な場合も少なくありませんので、「過去婉曲」「過去伝聞」はどちらで訳しても問題ない場合が多くなります。

では、傍線部の説明をしてみましょう。

皆人、御服ぬぎなどして、

〈名詞〉皆人

そのまま「皆人」と書いてもいいですし、「人はみな」などと書いてもいいでしょう。

ただし、今回は「具体的に説明せよ」という問題ですから、この「皆人」が一体誰なのかを明示したほうがよりわかりやすくなります。

直後の文脈から、「おほやけ」や「院の人」を指して「皆人」と言っていることがわかりますから、「宮中の人は皆、」などと説明するとよいでしょう。

〈接頭語〉御

「御」は古くは「み」と読み、神のものであることを示す接頭語でした。それが、天皇・宮中のものや、貴人のものであることを示す意味でも広く使用されるようになっていきました。

この「み」の上に、さらに尊敬の意を加えるために「大(オホ)」をつけ、「おほみ」と読むようになりました。そして「おほむ」「おほん」と音変化していきました。その経緯で、「み」よりもむしろ「おほむ」のほうが一般化し、あらゆるものへの敬意に気軽に用いられていきました。したがって、「み」よりも「おほむ」のほうが、「神仏や天皇」以外に対する敬意にも用いられやすくなります。同じ理由で、「御門」「御幸」「御法」など、「み」としか読まない用例は、「神仏・天皇」に関わるものにほぼ限定されています。

「おん」という読み方が一般化するのは中世からです。中世以降に「おほん」と読むのは、古風な、あるいは大仰な言い方であるとされました。

さて、「御+体言」は、文脈上、体言を用言化できれば、尊敬表現を付した用言のように現代語訳すると、こなれた訳になります

たとえば、「御服脱ぎなどして」は、「服」に敬語表現としての接頭語がついていることになります。これを、「服を脱ぎなさるなどして」「服を脱ぎになるなどして」などと、名詞につく「御」を取り、用言のほうに敬意を込めて訳す方法があります。

さらに、この「服」がどんな服なのか考えてみましょう。

「円融院の喪が明ける年」に「ぬぐ」「衣」なのですから、この「服」は「喪服」のことです。 このことは直後の文脈から明らかなので、「喪服」ときっぱり書いたほうがよい説明になります。

なお、動詞化が不可能な場合は、無理せずに「御○○」としておけばかまいません。基本的に、「御+体言」は、現代語訳の問題として問われていなければ、こなれた訳にする必要はありませんから、「御○○」と単純に考えておきましょう。

解答例

宮中の人は皆、喪服を脱ぎなさるなどして、

【帝や院の人々はみな、喪服をお脱ぎになるなどして、】