形容詞 基礎語33

形容詞

あさまし 

①驚きあきれることだ
②情けない
③みっともない

動詞「あさむ」から成立しました。動詞の「あさむ」は良い意味でも悪い意味でも、「びっくりする」という意味です。そのことから、「あさまし」も、もともとは良い意味でも悪い意味でも用いられました。それが次第に悪い意味にだけ使用されるようになっていきます。

古文で問題になるときは、悪い面で「驚きあきれる」となることがほとんどです。

あし (悪し)

①悪い
②見苦しい
③卑しい
④不快だ

古代は、善悪の基準として、「よし>よろし>わろし>あし」という四段階を持っていました。

最もよいのが「よし」で、最も悪いのが「あし」です。

そのため、「あし」と評されているものがあったら、それは「きわめて悪い」ものであると判断しましょう。

①②③④のよく使用される訳を示しましたが、文脈によっては、「臭い」「酷い」「惨い」「危ない」など、多様な訳になります。とにかくその文脈において、「とても悪い」というニュアンスで訳しましょう。

記述問題であれば、「悪い」でだいたい大丈夫ですが、選択肢問題の場合、「とても悪い」に該当する様々なニュアンスで訳されますので注意が必要です。

あたらし (可惜し・惜し)

①惜しい・もったいない
②すばらしい・立派だ

「本来の価値が十分に発揮されないことを残念に思う気持ち」を意味します。たとえば「能力がすばらしい人にふさわしい官位が与えられていない場合」などに使用します。

そのことから、「(もったいないほど)すばらしい」と訳すこともあります。

「をし(惜し)」という形容詞もあり、こちらも「惜しい」と訳しますが、「をし」の場合は、能力がどうのこうのではなく、「愛着を持ったものが失われていくのが名残惜しい」という感情を意味します。

そのことから、「をし」のほうは、「(名残惜しいほど)かわいい・いとおしい」と訳すこともあります。

「あたらし」も「をし」も、ただ一言「惜しい」と訳すことがありますが、ニュアンスはけっこう違います。

「あたらし」は、「あの人の才能が活かされていないくて惜しい」ということです。
「をし」は、「失いたくないものが失われていくのが惜しい」ということです。

あぢきなし

①まともでない
②つまらない・おもしろくない

「あぢき」は「あづき」とも書きます。意味は「道理・分別」のことです。

①は、道理にかなっていないことを意味しており、そのことから「まともでない」と訳します。

②は、その理不尽な状況に対する感情を表します。道理に外れている状況に接すると、人は「つまらない・おもしろくない」と思いますね。訳もそのとおり「つまらない・おもしろくない」となります。

現代語でも「味気ない」といいますね。この「味気」は当て字と言われていますが、意味は②に近いですね。

あやし  (怪し・奇し・賤し)

①不思議だ
②異常だ
③身分が低い

古代では、目の前で不思議な現象がおきている時に「あやー」と発語していたそうです。それがそのまま感動詞になり、形容詞「あやし」になっていったとされています。

そのことから、最もよく使われるのは①の意味です。①と②の意味は、良い面でも悪い面でも用いられます。

当時の貴族からしてみると、身分が低い者の行為や習慣は、自分たちとは違うので「変だ」と感じられました。そのことから、③の意味が生じました。

ありがたし (有り難し)

①めったにない
②(めったにないほど)優れている・立派だ

漢字のとおりの意味です。「存在することが難しい」ということから、「めったにない」と訳します。

そのことから、「なかなかお目にかかれないほど秀でている」という意味で、②の訳が生じました。

いまめかし (今めかし)

①現代風である
②目新しくしゃれている

「~めく」と動詞があります。「~らしくなる」「~のように見える」と訳します。

「春めく」なら「春らしくなる」「春のように見える」です。

「今めく」なら、「今らしくなる」「今風に見える」ということです。それがそのまま形容詞化したものが「いまめかし」です。

中古では基本的に肯定的な意味で用いられます。

中世に入ると、「わざとらしい」「おしゃれを意識しすぎている」というような意味で、否定的に用いられる場面もありましたが、多くの場合は肯定的なニュアンスだと思っていて問題ありません。

いみじ (忌みじ)

①並々でない・はなはだしい・たいそう
②とてもよい・すばらしい
③とても悪い・ひどい

「忌」は、距離をとっておきたい対象に用いる語です。

距離をとっておきたい対象とは、「程度がはなはだしいもの」「とてもよいもの」「とても悪いもの」のいずれかです。

シンプルな区別の仕方は、次のとおりです。

「いみじく~」「いみじう~」など、連用形で用いられているものは、他の用言に係っていくことになります。この場合、他の用言の意味内容が「はなはだしい」ことを意味していることがほとんどであるので、連用形の場合は、たいてい①の意味です。「はなはだしく」「たいそう」などと訳しておけばよいです。たとえば、「いみじう豊かなり」などという場合、「たいそう豊かである」「はなはだしく豊かである」などとなります。

その一方、他の用言に係っていくものでない場合は、「いみじ」ということば自体に「プラス」か「マイナス」の意味が内包されていると考えましょう。たとえば、「Aいみじき笛吹きの達人」「Bいみじき盗人の大将軍」などという場合、「いみじ」が係っていくのは用言ではありません。この場合は、「プラス」なのか「マイナス」なのか、価値の判断をしたいところです。Aであれば、「達人」があるので、「すばらしい笛吹きの達人」と考えるのが適当です。Bであれば、「盗人」があるので、「とても悪い盗人の大将軍」と考えるのが適当です。

ただし、②か③か、という二択であれば判断しやすいところがありますが、①か②か、①か③か、と言われると、けっこう判断しにくいのが「いみじ」です。

基本的にはすべて「並々でない」と考えておけば意味は通じるので、設問になっていなければこだわらないようにしましょう。

うし  (憂し)

①つらい・情けない
②~しづらい・~するのがいやだ *補助動詞の用法

「うし」の「う」が「憂」の漢字であることを覚えておけば、そのままのイメージで訳せます。

基本的には「つらい」と考えておけば問題ありません。

「帰りうし(帰りづらい・帰るのがいやだ)」などのように、動詞の連用形にそのままついていたら、補助動詞として訳しましょう。

「ものうし」「こころうし」など、接頭語がつく場合もありますが、この「もの」や「こころ」は訳のうえでは無視して大丈夫です。

うしろめたし (後ろめたし)

①不安だ・気がかりだ

「後ろ目痛し」という説があります。「後ろから見て胸を痛める」あるいは「後ろの方が気がかりな様子」と考えられていますが、いずれにせよ、訳は「気がかり・心配・不安」などと訳しましょう。

次にでてくる「うしろやすし」と対の関係で覚えておくと楽です。

うしろやすし (後ろ安し)

①安心だ
②頼もしい

後ろ(背後)に対して安心な気持ちを意味しています。

訳はシンプルに「安心だ」で大丈夫ですが、「将来が安心だ」というように、「将来が」を付けたほうがよい場面もあります。

「うしろめたし」と対義語な関係になるので、セットで覚えましょう。

うつくし

①(近親者に対して)いとしい
②(小さい者に対して)かわいい
③立派だ

「斎く(いつく)」から発生したという説があります。「いつく」は「祀る(祭る)・大切にする」という意味の動詞です。

そのことからも、もともとの意味は①です。「大切にしたい」という主観的な感情を表します。

平安時代に入ると、対象に対する評価として②や③の意味でも用いられるようになりました。

現代語の「美しい」とはニュアンスがだいぶ異なるので、注意が必要です。

おとなし (大人し)

①大人びている
②思慮分別がある

漢字がイメージできれば訳すのは楽な形容詞です。「大人」は、「成人」または「中心的立場にいる者」という意味です。

現代語の「おとなしい」という意味はずっと後になって派生してきたものなので、古文の問題になっているものは①か②の意味です。

かなし (愛し・悲し)

①いとおしい
②切ない

①の意味で使用することが多いので、現代語の「悲しい」とは意味が大きく異なります。

古代には「かぬ」という補助動詞があり、それが「不可能」を意味しました。「かなし」も「不可能」のニュアンスを含んでおり、「身近な者に対する、押しとどめることができない、いとおしい、切ない感情」を意味しました。 

基本的には①の意味でとらえておき、それが不似合いな場合には②の意味で訳しましょう。

くちをし (口惜し)

①残念だ

自分以外の何かの力によって、期待していたものがその通りに運ばなかった時の落胆・失望を表す形容詞です。

「くやし」という形容詞も「残念だ」と訳しますが、「くやし」は、自分の行為がもととなって残念な結果になってしまったことを後悔する感情を表します。

こころぐるし (心苦し)

①つらい
②気の毒だ

漢字からイメージしやすい形容詞です。

古文では用言はひらがなで書かれる傾向にありますが、「こころぐるし」なら漢字にしやすいでしょう。

自分の心の状態について①の意味、他人の不幸や悲しみについて②の意味があります。

こころにくし (心憎し)

①奥ゆかしい・心惹かれる
②おそるべきだ・警戒すべきだ

「憎し」という語があるために、「心がしゃくにさわる」などと訳したくなりますが、ここでの「憎し」に憎悪の意味はありません。

「こころにくし」の場合の「にくし」は、現代語で言うなら、「よ! にくいね!」というようなイメージです。要するに、こちらがちょっと嫉妬してしまうほど、相手に魅力がある様子を示しているのです。

それほど対象に「深みがある」ことを意味する形容詞なので、中世に入り、戦の場面で用いられると、「あの人には表面に出てきていない人間性や技能の奥行きがありますよ」という意味でも使用されるようになります。それが②の「恐るべきだ・警戒すべきだ」という意味です。ただし、②の意味は、平安時代にはありません。

さうざうし (寂寂し)

①物足りない
②寂しい

「静寂」の「寂」は「さく・じゃく」と読みます。その「さくさくし」が「さうざうし」になったという説があります。あるいは、「淋淋し(さびさびし)」が転じたとも言われています。

いずれにしても、「あるべきもの」がなくて、空虚な気持ちを味わっているときの心境を意味する形容詞になります。

現代語で「そうぞうしい」というと、「騒々しい」すなわち「やかましい・うるさい」という意味になりますから、意味はまったく逆ですね。

すきずきし (好き好きし)

①好色だ
②風流だ

「好き」が重なっていることからも想像できるとおり、対象に並々でない関心を寄せている様子を示しています。

対象が異性なら①の意味になります。対象が自然や物事なら②の意味になります。

②の意味は、第三者に対して用いる場合には「風流だ」という肯定的な意味になりますが、自分自身に対して用いる場合には、少々否定的なニュアンスで「物好きだ」と訳すこともあります。

すさまじ (凄まじ・荒まじ)

①興ざめだ・がっかりだ
②荒涼としている・殺風景だ

「調和していない・荒れている」というニュアンスです。そういった風景などに対して、がっかりする心情を意味することが多いので、①「興ざめだ」と訳しておけばだいたいOKです。

その対象となる風景そのものを形容しているのであれば、②のように「荒んでいる・殺風景である」と訳せばよいです。

②が発展していき、「荒々しい」と訳すようになり、「すごく荒れ果てている」ということから、現代語の「すさまじい」の意味になっていきました。平安期にも「はげしい・ひどい」という意味はありましたが、基本的には①か②の意味で訳します。

つきづきし (付き付きし)

①似つかわしい・ふさわしい・調和している

「付着する・備わる」という意味の「付く」が形容詞化したものです。

「つきづきし」「まめまめし」「かどかどし」のように、同じ言葉が繰り返されているのは、その意味が強調されているものだと考えましょう。

「つきづきし」は、「ぴったり付くぴったり付く」ということなので、「似合っている・調和している」という意味になります。

対義語に、「付き無し(ふさわしくない・都合が悪い)」という形容詞もあります。どちらかというと、「つきなし」のほうが先に使用されていて、反対語として生み出されたのが「つきづきし」であったようです。

なつかし (懐かし)

①心惹かれる
②親しみやすい

「慣れ親しむ」という意味の「懐く(なく)」という動詞が形容詞化したものです。

現代語のように、「昔を親しく思う」という意味は、あるにはありましたが、「なつかし」の意味としては少数です。「昔を親しく思う」という意味は、中世以降はちらほら見られるようになりましたが、平安時代にはありません。

なまめかし (生めかし)

①みずみずしく美しい
②優雅である

別の単語でも出てきましたが、「めく」というのは、「~らしくなる」「~のように見える」ということです。そのころから、「生めく」といったら、「生らしくなる」「生のように見える」ということです。

「生」というのは、不十分で未熟という意味もありますが、その分、「みずみずしい」「若くてすがすがしい」という肯定的な意味もあります。

形容詞「なまめかし」は、基本的には肯定的な意味で用いられます。平安期には、かなり上級のほめことばとして用いられました。

はづかし (恥づかし)

①気遅れする・きまりが悪い
②(こちらが気後れするほど)優れている

「他人と比較して自分が劣っていると感じる気持ち」を意味します。

自分の感情に使用している場合には、①の訳になります。対して、会話の相手や第三者に対して使用している場合は、②の意味になります。

たとえば、

「はづかしき人の、歌の本末問ひたるに、ふと覚えたる、我ながらうれし。」

であれば、「はづかしき人」は、「(こちらが気後れするほど)優れた人」と訳します。

むつかし (難し)

①機嫌が悪い・不快だ
②煩わしい・面倒だ

「好ましくない状況に対する不快な気持ち」を意味します。動詞「むつかる」と同じ語源と言われています。「むつかる」のほうは、現代でも「あかちゃんがむずがる」というように、意味がそのまま残っています。

「むつかる」とセットで覚えておくと、「むつかし」の意味も記憶しやすくなります。

めづらし (愛づらし)

①すばらしい
②めったにない

動詞「愛づ」が形容詞化したものです。「愛づ」は「心引かれる・ほめる・かわいがる」ということであり、「めづらし」はそう思う対象を形容することばです。

そのことから、①がもともとの意味になりますが、それほどすばらしいものはそんなに多くはないので、②の意味でも用いられるようになりました。

②の用法は現代とほぼ同じ意味です。古語の問題になるのは多くは①の意味です。

めでたし (愛でたし)

①すばらしい
②美しい・立派だ
③祝うべきだ・喜ばしい

「心引かれる・ほめる・かわいがる」の意味の「愛づ(めづ)」に、「はなはだしい」という意味の「甚し(いたし)」がついて一語化した形容詞です。上でみた「めづらし」が一段階グレードアップしたようなイメージです。

記述問題であれば、①の「すばらしい」を当てはめておけばほとんどOKですが、選択肢問題の場合は、「美しい」「立派」「とてもよい」「優れている」など、文脈に合わせた訳になりがちです。選択肢の中から、「すばらしい」に最も近いものを選びましょう。

平安時代の末期から、現代語と同じ③の意味の用法が出てきましたが、古語の問題になるものは基本的に①の意味です。

やさし (恥し・優し)

①つらい
②恥ずかしい
③優美である
④思いやりがある

動詞「痩す(やす)」が形容詞化したものです。もともとは「身が痩せ細るような耐えがたい気持ち」を意味したので、①か②の意味になりました。

そのように「つらい」または「恥ずかしい」という心情を表していましたが、「つらそうにしている様子」「恥ずかしがっている態度」は、つつましく、穏やかなものですよね。そのことから、そういった控えめな態度を取る人物を評価する意味として、③④の意味が生じてきました。

①②の場合は「恥し(やさし)」、③④の場合は「優し(やさし)」と書くことがありますが、他の形容詞と同様に、古文ではほとんどひらがなで書かれます。

やむごとなし

①やむをえない
②並々でない・格別である
③(地位や家柄が)高貴である

「止む事無し」ということであり、「止めることができない」という意味がもともとです。

そのことから、「やむごとなきことあり」という文は、「やむをえない事情がある」などと訳します。

人柄、家柄、地位、身分などを形容している場合は、②③の意味になります。

古文の問題になるのは②③の意味の場合が多いので、「やむごとなき=格別に高貴である」と覚えておくとよいです。

ゆかし

①心引かれる
②見たい・聞きたい・知りたい

「行く」が形容詞化したものです。「心がそこに行きたがっている様子」のことですが、文脈に応じて多様な意味になります。とはいえ、そのほとんどは「見たい」か「聞きたい」か「知りたい」なので、その3つを覚えておきましょう。

ゆゆし (斎斎し)

①並々でない・たいそう
②とてもよい・神聖だ
②とても悪い・不吉だ

「忌みじ」とかなり近い意味なので、「いみじ」とセットで覚えてしまいましょう。

もともとは、「斎(ゆ)」が「神事にまつわる、日常からは遠ざけておくべきこと」を意味するので、「並々でない」という意味になります。

プラスの意味付けがあれば②の意味、マイナスの意味付けがあれば③の意味になりますが、「いみじ」に比べると、「神仏に関わる出来事」に使用しやすい傾向かあるので、②なら「神聖」、③なら「不吉」という意味で訳すことがあります。

わびし (侘し)

①がっかりする
②切ない
③心細い

「物事が思い通りにならない」「期待外れである」ことについて、失望・落胆している心情を表します。

似た言葉に「寂し(さびし)」がありますが、こちらは「あるべきものがないこと」「あったものが失われてしまったこと」について、物足りなく思う心情です。「さうざうし(寂寂し)」という形容詞にもなっています。

「侘し(わびし)」と「寂し(さびし)」は似ていますが、

「侘し」は「ほしいものがない(他にはあるものがない)」ことであり、
「寂し」は「あるはずのものがない(前はあったものがない)」ことです。

言い換えれば、

「侘し」は、期待していたイメージとは異なる結果になった場合などに用います。
「寂し」は、前はあったものが無くなってしまった場合などに用います。

俳諧の理念に「侘び寂び」というものがあります。
「侘び」は、豪奢な物に対して「質素なもの」を、「寂び」は、新しい物に対して「古びたもの」を意味しています。つまり、「質素でシンプルで古びているもの」がよいということです。

をかし

①滑稽である
②趣がある・趣深い・風情がある

「ばかげている」ことを意味する「をこ(痴)」という名詞が形容詞化したものという説があります。そのことから、もともとは①の意味であったとされますが、平安期に最も主流だったのは②の意味です。

とにかく「をかし」とあれば、「趣がある・風情がある」と訳しておけばOKです。

「あはれなり」という形容動詞も「趣深い」と訳すので、同じような意味とされますが、「をかし」のほうは「客観的・理知的な趣」を意味していることに対して、「あはれなり」は、「主観的・情緒的な趣」を意味しています。

使用されやすい状況も、「をかし」はどちらかというと楽しい場面、「あはれなり」はどちらかというと悲しい場面になりやすいです。