まろがはべらざらむに、思し出でなむや。(源氏物語)

(問)次の傍線部を現代語訳せよ。

 三の宮は、あまたの御中に、いとをかしげにて歩きたまふを、御心地の隙には、前に据ゑたてまつりたまひて、人の聞かぬ間に、「まろがはべらざらむに、思し出でなむや」と聞こえたまへば、「いと恋しかりなむ。まろは、内裏の上よりも宮よりも、婆をこそまさりて思ひきこゆれば、おはせずは、心地むつかしかりなむ」とて、目おしすりて紛らはしたまへるさま、をかしければ、ほほ笑みながら涙は落ちぬ。

源氏物語

現代語訳 

三の宮は、大勢の(皇子たちの)中に、たいそうかわいらしくお歩きになるのを、ご気分のよい間には、前にお座りにならせ申し上げて、人が聞いていない時に、「私がおそばにいなくなったら【死んでしまったとしたら】、お思い出しになってくれるか」と申し上げなさると、「きっととても恋しいだろう。私は、御所の天皇(父)よりも宮(母)よりも、祖母をいっそう思い申し上げてるので、いらっしゃらなくなったら、きっと気分がいやになる。」と言って、目をこすって紛らわしている様子、愛らしいので、ほほ笑みながら涙は落ちた。

ポイント

はべり 謙譲語

「はべら」はラ行変格活用動詞「はべり」です。

直後に「ず」があるので、未然形になっています。

「(おそばに)ひかえる」「お仕えする」の意味になる謙譲語です。

他の動詞について、補助動詞として使用する場合、「~あります」「~をります」「~ございます」のように、丁寧語として訳すことになりますが、ここでは他の動詞を補助しているわけではなく、本動詞として使用されているので、「おそばにひかえる」などと訳しましょう。

む  助動詞

助動詞「む」は、文中連体形の場合、「仮定」「婉曲」になります。

ここでは、直後に「とき」といった体言を補うことができますので、そういった何らかの体言が省略されている状態です。

「仮定」と「婉曲」は、どちらで訳しても問題ない場合が多いのですが、基本的には、

直後の「体言」が明示されていれば「婉曲」
直後の「体言」が明示されていなければ「仮定」

としておきましょう。

ただし、「体言があっても仮定で訳す」「体言がなくても婉曲で訳す」という場合もけっこうあります。

+α 仮定と婉曲

「仮定(~ならば・~すれば)」か「婉曲(~ような)」かは、区別が非常にあいまいなので、どちらで訳しても、日本語としておかしくなければ、採点上の優劣はありません。

とはいえ、「む」は本来、「未確定・未確認の現象」につく特性があります。だからこそ「意志」や「推量」になるのです。そのことから考えると、「仮定」か「婉曲」かでいえば、「仮定」のほうが、本来の「む」の特質に近い訳し方になります。

思し出づ 動詞

「思し出で」は「思す(おぼす)+出づ」の複合動詞「思し出づ」です。

「おぼす」が「お思いになる」という尊敬語であるので、「おぼしいづ」も尊敬語の扱いになります。

訳は「思い出しなさる」「お思い出しになる」などになります。

ここでは、直後に完了(強意)の「ぬ」があるので、連用形になっています。

なむ 「ぬ」+「む」

連用形につく「なむ」は、「完了」の助動詞「ぬ」+「推量・意志」の助動詞「む」です。

「これからの話」に使用しているので、「な」は「確述(強意)」の意味です。

いわゆる「確述用法」についてはこちらへどうぞ。

なお、「なむや」のかたちになっているときの「む」は、「や」が「疑問」なのか「反語」なのか判然としないケースもあり、それゆえ「推量・意志・適当・勧誘」などの意味をきっぱりと区別することは困難です。

「~なむや」の「む」に傍線を引いて、意味を答えさせるような問題はまずありません。

そういう悪問にぶちあたったら、「推量」と答えておきましょう。

なむや

「なむや」という連語になっている時、「や」が疑問であれば、「確信的な推量(意志)」を、質問の形式で相手に投げかける用法です。

つまり、疑問の形式を取りつつも、「その状態が成立することを確信している」のですから、二人称に用いれば、「あなたがその状態を成立させることを確信している」という感情を内包していることになります。

これは、「しなさい」と言っているわけではなく、〈相手の意向を尊重しつつもやわらかく勧誘しているような状態〉です。いわば、「~したらどう?」「~してくれる?」というニュアンスです。英語で言えば「Would you~?」に近い用法です。

その一方、「や」が反語であれば、「確信的な推量(意志)」を否定するのですから、強めの否定として機能します。「絶対ならない!」「絶対しない!」というニュアンスです。

ここでは「まろ」という一人称があり、「相手」に語っている場面です。文脈的にも「疑問」になります。 

まろににんじんたまひなむや。