〈問〉次の傍線部の古文を現代語訳せよ。
みだり心地はまだおこたりはてねど、いとむつかしう心もとなくはべればなむ参りつる。
大和物語
みだり心地/は/まだ/おこたり/はて/ね/ど、
〈名詞〉みだり心地
「みだり心地」は「乱り心地」です。
「取り乱した心」の意味になる体言だと考えます。
訳は「優れない気分」または端的に「病気」です。
ここでは下に「おこたる(病気がよくなる)」があるので、「病気」だと判断しましょう。
〈動詞〉おこたる
「おこたり」はラ行四段活用動詞「おこたる」です。
直後に「はつ」という動詞があるので、連用形になっています。
「進行が停滞する」という意味の動詞です。
現在のように「なまける」と訳すこともありますが、「病気の進行が停滞する」という意味で、「病が回復に向かう」「病が治る」と訳すこともあります。
〈動詞〉はつ
「はて」は、タ行下二段活用動詞「果つ」です。
ここでは、直後に「ず」があるので、未然形になっています。
補助動詞としての「はつ」は、「最後まで~する」「~し終える」という意味なので、「おこたる」に「はつ」がつくと、「全快」のニュアンスになります。「おこたりはつ」で「病気が完全に治る」であるとおさえておきましょう。
〈助動詞〉ず
「ね」は、打消の助動詞「ず」です。
ここでは、直後に「ど」があるので、已然形になっています。
〈+α〉打消の「ず」と完了の「ぬ」
「おこたりはてねど」の「ね」というひらがなについて細かく見てみましょう。
直後には接続助詞の「ど」があります。「ど」は已然形につくので、直前にある「ね」は已然形であるとわかります。 動詞と接続助詞の間にあるので、助動詞の可能性が高いと考えられます。
「ね」というひらがなが助動詞である場合、2つの可能性があります。
打消の「ず」
未然形 連用形 終止形 連体形 已然形 命令形
ず / ず / ず / ぬ / ね / ○
ざ ら/ざ り/ ○ /ざ る/ざ れ/ざ れ
完了の「ぬ」
未然形 連用形 終止形 連体形 已然形 命令形
な / に / ぬ /ぬ る/ぬ れ/ ね
打消の助動詞の「ず」の「已然形」か、完了の助動詞の「ぬ」の「命令形」です。
先ほど見たように、接続助詞「ど」は、「已然形」につきますから、ここでの「ね」は、打消の助動詞「ず」の已然形であると判断できます。
解答例
病気はまだ完全に治ってはいないが、
【病の気持ち悪さはまだ全快していないが、】
〈+α〉いとむつかしう心もとなくはべればなむ参りつる。
おまけに後半の部分も訳しておきましょう。
〈形容詞〉むつかし
「むつかしう」は、形容詞「むつかし」です。
直後に「心もとなし」という形容詞があります。
ただし、ここでは、この「心もとなし」に係っていくのではなく、さらにその下の「はべれ」に係っている状態です。
むつかしう → はべれ
心もとなく → はべれ
というように、「むつかし」と「心もとなし」が並列関係になっています。
現代語でも、「くやしく悲しく思う」などと言った場合、「くやしく」は「悲しく」に係っているわけではありません。「くやしく」も「悲しく」も「思う」に係っている状態です。
さて、そのように、ここでの「むつかしう」は、「はべれ」という動詞に係っていますので、「連用形」になります。連用形は本来「むつかしく」ですが、ウ音便化して「むつかしう」になっています。連用形は音便化しやすいものです。
さて、「むつかし」は、「機嫌が悪い」「不快」などと訳します。
「むつかる」という類語の動詞もあります。
現代でも「子どもがむつかる」(関東では「むずがる」)などと言いますね。「むずむずする」という慣用表現にもなっています。
〈形容詞〉心もとなし
「心もとなく」は形容詞「心もとなし」です。
「はべれ」に係っていくので「連用形」になっています。
「心」の「許(置き所)」がない状態を表すので、「不安だ」「じれったい」「待ち遠しい」などと訳します。
(「心」に「根拠がない・わけもない」という意味の「もとな」がついたという説もあります)
〈動詞〉はべり
「はべれ」は、ラ行変格活用動詞「はべり」です。
「はべれ」という形は已然形です。
謙譲語と丁寧語の可能性がありますが、補助動詞として使用している場合は丁寧語です。
基本的に他の動詞を補助している場合を補助動詞といいますが、ここでは形容詞を補助している状態になっています。
不快でじれったくございます
などと訳せばよいでしょう。
〈接続助詞〉ば
「ば」は、未然形につくときは「仮定的」に訳します。
已然形につくときは「確定的」に訳します。
ここでは已然形についていますので、「~ので、」「~すると、」などと訳しましょう。
〈動詞〉参る
「参り」はラ行四段活用動詞「まゐる」です。
直後に完了の助動詞「つ」があるので、連用形になっています。
本動詞の場合、「参上する」と訳しておくのが無難です。
〈助動詞〉つ
「つる」は完了の助動詞「つ」です。
完了の「ぬ」
未然形 連用形 終止形 連体形 已然形 命令形
て / て / つ /つ る/つ れ/て よ
文中に係助詞の「なむ」があるので、係り結びの法則により、連体形になっています。
以上のことから、傍線部外の部分は、
不快でじれったくございますので参上した。
などと訳せばよいことになります。
ただ、設問になっていない箇所は、意味さえつかめればよいので、細部にわたって検討する必要はありません。