さてしもあるべきことならねば(平家物語)

〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。

熊谷、涙をおさえて申しけるは、「助けまゐらせんとは存じ候へども、見方の軍兵、雲霞のごとく候ふ。よものがれさせたまはじ。 人手にかけまゐらせんより、同じくは、直実が手にかけまゐらせて、後の御孝養をこそつかまつり候はめ。」と申しければ、「ただとくとく首をとれ。」とぞのたまひける。熊谷、あまりにいとほしくて、いづくに刀を立つべしともおぼえず、目もくれ心も消えはてて、前後不覚におぼえけれども、さてしもあるべきことならねば、泣く泣く首をぞかいてんげる。

平家物語

現代語訳

熊谷が、涙をおさえて申し上げたことには、「お助け申し上げようとは存じますが、味方の軍兵が、雲霞のようにおります。まさかお逃げになることはできないだろう。(私以外の)人手におかけ申し上げる(ようなこと)より、同じことならば、直実の手におかけ申し上げて、死後の御供養をしてさしあげましょう。」と 申し上げたところ、(敦盛は)「ただ早く早く首をとれ」とおっしゃった。熊谷は、あまりに気の毒で、どこに刀を刺すのがよいとも思われず、目もくらみ心も消えはてて、前後不覚に思われたが、そうしてばかりもいられないので、泣く泣く(敦盛の)首を切ってしまった。

ポイント

さて 代名詞+接続助詞

「さて」は、「そのまま」「それで」「そういう状態で」と訳します。

「あり」がつくと、「そのままでいる」になります。

しも 副助詞

多くの事柄のなかから、「しも」の直前の語を限定的に強調します。

~ばかり
~にかぎって
ちょうど~

などと訳します。

し 助動詞

「べし」は、

推量 ~だろう
意志 ~しよう
可能 ~できる
当然 ~はずだ
命令 ~せよ
適当 ~がよい

など、文脈に応じて様々な意味になります。

このうち、「可能」の意味は、打消表現や反語表現を伴い、文脈的には「できない」という訳になります。

「可能」の意味を採用する場合は、否定文や反語文であるということです。

逆から考えると、否定文や反語文に「べし」がある場合、いったん可能の意味で当てはめて、「できない」と訳してみましょう。おかしくなければそのまま可能の意味でとりましょう。

「できない」の訳語が当てはまらない場合は、その他の意味を考慮します。 

ず 助動詞

「ね」は、「打消」の助動詞「ず」の已然形です。

ば 接続助詞

「ば」は「未然形」についている場合は「仮定条件」として、「(もし)~ならば」「(もし)~すれば」などと訳します。

「已然形」についている場合は「確定条件」として、「~(する)と」「~(した)ところ」「~ので」などと訳します。

ここでは、「已然形」についています。そして、前後が因果関係とみなせるので、「そうしてばかりもいられないので」と訳しておきましょう。