本文
「奥山に、猫またといふものありて、人を食らふなる。」と、人の言ひけるに、「山ならねども、これらにも、猫の経あがりて、猫またになりて、人とることはあなるものを。」と言ふ者ありけるを、何阿弥陀仏とかや、連歌しける法師の、行願寺のほとりにありけるが聞きて、ひとり歩かん身は心すべきことにこそと思ひける頃しも、ある所にて夜更くるまで連歌して、ただひとり帰りけるに、小川の端にて、音に聞きし猫また、あやまたず、足もとへふと寄り来て、やがてかきつくままに、頸のほどを食はんとす。
徒然草
肝心も失せて、防がんとするに、力もなく足も立たず、小川へ転び入りて、「助けよや、猫また、よやよや。」と叫べば、家々より、松どもともして走り寄りて見れば、このわたりに見知れる僧なり。「こはいかに。」とて、川の中より抱き起こしたれば、連歌の賭物取りて、扇・小箱など懐に持ちたりけるも、水に入りぬ。希有にして助かりたるさまにて、はふはふ家に入りにけり。
飼ひける犬の、暗けれど、主を知りて、飛びつきたりけるとぞ。
品詞分解
「名詞」と「接続助詞」には言及していません。
何も書いていないところは「名詞」か「接続助詞」です。
奥山
に 格助詞（場所）
猫また
と 格助詞（引用）
いふ 動詞（ハ四・連体）
もの
あり 動詞（ラ変・連用）
て
人
を 格助詞（対象）
食らふ 動詞（ハ四・終止）
なる 助動詞（伝聞・連体）
と 格助詞（引用）
人
の 格助詞（主格）
言ひ 動詞（ハ四・連用）
ける 助動詞（過去・連体）
に
山
なら 助動詞（断定・未然）
ね 助動詞（打消・已然）
ども
これ 代名詞
ら 接尾語
に 格助詞（場所）
も 係助詞（添加）
猫
の 格助詞（主格）
経あがり 動詞（ラ四・連用）
て
猫また
に 格助詞（結果）
なり 動詞（ラ四・連用）
て
人
とる 動詞（ラ四・連体）
こと
は 係助詞（区別）
あ 動詞（ラ変・連体） ＊撥音便無表記
なる 助動詞（伝聞・連体）
ものを 終助詞（詠嘆）
と 格助詞（引用）
言ふ 動詞（ハ四・連体）
者
あり 動詞（ラ変・連用）
ける 助動詞（過去・連体）
を 格助詞（対象）
何阿弥陀仏
と 格助詞（引用）
か 係助詞（疑問） ＊結びの省略
や 間投助詞（詠嘆）
連歌し 動詞（サ変・連用）
ける 助動詞（過去・連体）
法師
の 格助詞（同格）
行願寺
の 格助詞（連体修飾）
ほとり
に 格助詞（場所）
あり 動詞（ラ変・連用）
ける 助動詞（過去・連体）
が 格助詞（主格）
聞き 動詞（カ四・連用）
て
ひとり
歩か 動詞（カ四・未然）
ん 助動詞（婉曲・連体）
身
は 係助詞（区別）
心す 動詞（サ変・終止）
べき 助動詞（当然・連体）
こと
に 助動詞（断定・連用）
こそ 係助詞（強意） ＊結びの省略
と 格助詞（引用）
思ひ 動詞（ハ四・連用）
ける 助動詞（過去・連体）
頃
しも 副助詞（強意）
ある 連体詞
所
にて 格助詞（場所）
夜
更くる 動詞（カ下二・連体）
まで 副助詞（範囲）
連歌し 動詞（サ変・連用）
て
ただ 副詞
ひとり
帰り 動詞（ラ変・連用）
ける 助動詞（過去・連体）
に 格助詞（時）
小川
の 格助詞（連体修飾）
端
にて 格助詞（場所）
音
に 格助詞（手段）
聞き 動詞（カ四・連用）
し 助動詞（過去・連体）
猫また
あやまた 動詞（タ四・未然）
ず 助動詞（打消・連用）
足もと
へ 格助詞（帰着点）
ふと 副詞
寄り来 動詞（カ変・連用）
て
やがて 副詞
かきつく 動詞（カ四・連体）
まま
に 格助詞（状態）
頸
の 格助詞（連体修飾）
ほど
を 格助詞（対象）
食は 動詞（ハ四・未然）
ん 助動詞（意志・終止）
と 格助詞（引用）
す 動詞（サ変・終止）
肝心
も 係助詞（添加）
失せ 動詞（サ下二・連用）
て
防が 動詞（ガ四・未然）
ん 助動詞（意志・終止）
と 格助詞（引用）
する 動詞（サ変・連体）
に
力
も 係助詞（並列）
なく 形容詞（ク・連用）
足
も 係助詞（並列）
立た 動詞（タ四・未然）
ず 助動詞（打消・連用）
小川
へ 格助詞（方向）
転び入り 動詞（ラ四・連用）
て
助けよ 動詞（カ下二・命令）
や 間投助詞（呼びかけ）
猫また
よ 間投助詞（呼びかけ）
や 間投助詞（呼びかけ）
よ 間投助詞（呼びかけ）
や 間投助詞（呼びかけ）
と 格助詞（引用）
叫べ 動詞（バ四・已然）
ば
家々
より 格助詞（起点）
松
ども 接尾語
ともし 動詞（サ四・連用）
て
走り寄り 動詞（ラ四・連用）
て
見れ 動詞（マ上一・已然）
ば
こ 代名詞
の 格助詞（連体修飾）
わたり
に 格助詞（場所）
見知れ 動詞（ラ四・已然）
る 助動詞（存続・連体）
僧
なり 助動詞（断定・終止）
こ 代名詞
は 係助詞（区別）
いかに 副詞
と 格助詞（引用）
て
川
の 格助詞（連体修飾）
中
より 格助詞（起点）
抱き起こし 動詞（サ四・連用）
たれ 助動詞（完了・已然）
ば
連歌
の 格助詞（連体修飾）
賭物
取り 動詞（ラ四・連用）
て
扇・小箱
など 副助詞（例示）
懐
に 格助詞（場所）
持ち 動詞（タ四・連用）
たり 助動詞（存続・連用）
ける 助動詞（過去・連体）
も 係助詞（添加）
水
に 格助詞（場所）
入り 動詞（ラ四・連用）
ぬ 助動詞（完了・終止）
希有に 形容動詞（ナリ・連用）
して
助かり 動詞（ラ四・連用）
たる 助動詞（完了・連体）
さま
に 助動詞（断定・連用）
て
はふはふ 副詞
家
に 格助詞（場所）
入り 動詞（ラ四・連用）
に 助動詞（完了・連用）
けり 助動詞（過去・終止）
飼ひ 動詞（ハ四・連用）
ける 助動詞（過去・連体）
犬
の 格助詞（主格）
暗けれ 形容詞（ク・已然）
ど
主
を 格助詞（対象）
知り 動詞（ラ四・連用）
て
飛びつき 動詞（カ四・連用）
たり 助動詞（完了・連用）
ける 助動詞（過去・連体）
と 格助詞（引用）
ぞ 係助詞（強意） ＊結びの省略
