幕府ってなんだ

用語

幕府ってなんなの?

日本の歴史では「鎌倉幕府」「室町幕府」「江戸幕府」という3つがあったとされているよ。

その幕府があった時代をそのまま「鎌倉時代」「室町時代」「江戸時代」と呼ぶことが多いね。

そういうことじゃなくて、そもそも「幕府」っていうのがなんなのかわからない。

ことばの意味としては「幕を張った府(役所)」のことだよ。

昔の中国では、王にかわって戦地に赴いた重要人物が出先で「本部」にした場所を「幕府」としたんだ。

戦地において「ここを本拠地とする」という場所に幕を張って取り囲んだんだね。だから、「幕府」はもともと「戦」にかかわる言葉だった。

日本では古来「朝廷」があるから、「王」的な存在は「朝廷(天皇)」だったよね。その朝廷とは別の場所で、武家社会の統治の中心地としたのが「幕府」だ。

もとは、源頼朝(みなもとのよりとも)が鎌倉を本拠地にしたことで、その場所を「幕府」としたんだけど、時代が経つにしたがって、「武家が中心となって全国を統治する構造」のことも「幕府」と呼ぶようになった。

天皇がいちばん偉くて、全国を統治したんじゃないの?

平安時代までは「形式的」にも「実質的」にもそうだったんだけど、だんだん「武家」が力を持つようになっていって、ついには全国を統治するほどの集団になっていったんだ。

源頼朝(みなもとのよりとも)から始まって、鎌倉を中心地にしたのが「鎌倉幕府」。

その後、足利尊氏(あしかがたかうじ)から始まって、京都の室町を中心地にしたのが「室町幕府」。

戦乱を経て、徳川家康(とくがわいえやす)が江戸を中心地にしたのが「江戸幕府」。

○○幕府っていう呼び方は、あとあとになってから言うようになったものだけどね。

校長先生と教頭先生みたいなもんか。

そう。

「朝廷(天皇)」と「幕府(将軍)」の関係は、日本全体を「学校」と考えた時の校長先生と教頭先生の関係に似ているかもしれないね。

時代によって力関係はさまざまなんだけど、「教頭先生(幕府)」のほうが力を持ってしまって、「校長、俺がいろいろ決めておいたんで、あとは書類にハンコだけ押してください。まさか俺が決めたことに反対なんてしませんよね!」なんていうような関係のときもあったんだね。

教頭先生のほうが強くなっちゃった!

そういう時代もあったということだな。

「仕方ないなあ」と思った校長先生もいたし、「ふざけんな、ぶっつぶすぞ」って思った校長先生もいたんだね。

とにかく、歴史的には、「日本一えらい」ということについて、「朝廷(天皇)」なのか、「幕府(将軍)」なのか、なんとも決めにくい場合がけっこうあったんだ。

あと、なんで「平安時代」に「平安幕府」はないの?

「武家の台頭」が平安時代の途中からだからだよ。

平安時代までは天皇が政治の中心だったんだけど、途中から「源氏」や「平氏」といった「武家」が実力を持って行ったんだ。すると政治的な権力がどんどん武家に移ってくるんだね。

さて、そんな流れで、源氏が平氏をほろぼしたあと、源頼朝(みなもとのよりとも)は全国に守護・地頭を置くって言い出したんだ。

守護・地頭って何だ。

「守護」は、国ごとにおかれた役職で、主に次の3つの仕事があった。

◆天皇を警護する役目(大番役)についてあれこれ催促する
◆幕府にはむかう者を取りしまる
◆殺人を取しまる

ふむ。

「地頭」は、国がおさめている土地の「群」や「荘園」などにおかれた役職で、いまでいうなら「役所」と「交番」をあわせたような仕事をしたよ。

「警察署付きの県庁」と「交番付きの市役所」みたいなもんか。

まあまあ合ってる。

それまでも力の強い武士はいたけど、全国的に設置される機関を決定する権力をもったのは頼朝(よりとも)がはじめてだね。

名目上、日本中を統括していることになる。

こんなふうに全国規模の統治体制を「武家」が担っていることを「幕府」というんだね。

頼朝(よりとも)は総理大臣みたいなものか。

権限の強さとしては近いものがあるよ。

幕府のトップは「征夷大将軍」という役職が担った。

もともと「征夷大将軍」というのは、朝廷にしたがおうとしなかった東北地方の「蝦夷(えみし)」という集簇をやっつけるための役職なんだ。

頼朝(よりとも)はその役職に任命されるんだね。その時点では「幕府のトップは征夷大将軍になる」という取り決めがあったわけではないんだけど、頼朝(よりとも)が務めていた役職だったことから、その後も「征夷大将軍こそ幕府のトップ」という感じになっていくんだね。

江戸時代が終わるまで、幕府の最高位は「将軍」と呼ばれることになる。

なんで、「明治幕府」はないの?

そのころは、外国船が日本に開国をせまったりして、日本中大騒ぎだったんだよ。

幕府の対応に不満をもつ諸国も多くて、「幕府つぶせ」っていうムードも強くなっていって、討幕の戦が各地で起こる。

最終的には、徳川慶喜(とくがわよしのぶ)という最後の将軍が「権力を朝廷に返す」ということをしたんだね。これにて「幕府」はなくなったんだ。

だから、明治時代にはもう幕府はない。というよりも、幕府がなくなったことによって、明治時代が始まる。

ということは、「鎌倉幕府」ではじまって、「室町幕府」を経て、「江戸幕府」でおわったのが、「幕府」ってことだな。

あいだあいだに幕府が機能していないタイミングもあるから、スムーズに連続していたわけではないけどね。

そういえば「1192(いいくに)つくろう鎌倉幕府」って誰かが言ってたな。

1192年は源頼朝(みなもとのよりとも)が征夷大将軍に就いた年だね。

でも実際は、頼朝が鎌倉に「大倉御所」っていう屋敷をつくった1180年から鎌倉幕府は始まっているようなものだから、語呂合わせとしては「1192(いいくに)つくろう将軍就任」とかのほうがいいけどね。