『逃げ上手の若君』のなかで、時行(ときゆき)はどうして五大院宗繁(ごだいいんむねしげ)とたたかっているの?
宗繁(むねしげ)がどうしようもないダメ人間だからだよ。
(*『太平記』ではそうなっています)
どんくらいダメかおしえて。
話せば長いが、まず宗繁には「常葉前」という妹がいて、この女性が執権北条高時の側室となる。
正室ではない妻だな。
そう。
この女性が1325年に男の子を産む。
幼名は万寿丸。
のちの北条邦時だ。
ほほう。
その次の年、お父さんの高時が出家しちゃう。
世俗にあきた。
幕府はどうなってしまうのか!
邦時に継がせようとする勢力があって、側室の子ではあるけれども「嫡子」の扱いになってた。
でも邦時はまだ幼児だから、高時の弟である泰家を推す勢力もあったんだね。
高時の子どもにするか、弟にするか、という対立が起きる。結局は邦時を推す勢力が勝つんだけど、邦時は幼いから、「つなぎ」のために、北条貞顕という別の人が執権になったんだね。
でも、貞顕は、高時・泰家に比べると一つランクが落ちる北条氏だったので、選ばれなかった泰家は、嘆いて出家しちゃうんだね。貞顕の暗殺計画みたいな噂もたって、貞顕は10日で執権をやめちゃう。執権をやってくれる人がなかなかいない中で、北条守時という人が就任するんだ。
1331年、万寿丸は7歳の時に元服をして、このときに邦時と名乗ったんだね。
元服ってなんだ?
公家や武家の大人になる儀式だよ。
烏帽子をかぶせてもらって、一人前の扱いになるんだ。
もともとは位の高い貴族が「冠」をかぶせる儀式だったんだけど、一般的な貴族は「烏帽子」で行ったんだね。武家社会では烏帽子がふつう。
江戸時代に入ると、武家では前髪を剃るだけで済ませるようになっていったんだ。
鎌倉時代の北条氏の元服は、たいていは将軍を烏帽子親にして、烏帽子をかぶせてもらったみたいだね。そして、その烏帽子親の諱から一文字もらうんだ。このときの征夷大将軍は「守邦親王」という人物だったから、「邦」をもらったんだね。
とにかく大人になったと。
邦時はまだ7歳くらいだけどね。
高時は「得宗」といって、鎌倉幕府初代執権である北条時政の直系の子孫なんだね。
執権を継ぐのは得宗家が優先だったから、後継者扱いの邦時は、はやいとこ大人にならなければならなかったんだね。
こういった人事で、得をしているのは五大院宗繁だよね。
なんで?
妹が、いずれ執権になる候補者の邦時のお母さんだからだよ。
このまま邦時が執権になれば、宗繁は「執権の叔父さん」ということになるからね。
ということは、宗繁にとっては、妹が高時の側室になって、男の子を産んだというだけでも、超ラッキーだったんだね。
もともと平安時代から、「身内を権力者の妻にして、権力者と親戚関係になる」という出世のパターンがあったからね。
ある意味でらくちんな出世だな。
ところが、得宗家以外の執権が「中継ぎ」をしている最中に、後醍醐天皇による討幕のうごきが強まって、結局1333年に鎌倉は滅ぼされてしまうんだ。
なんと!
鎌倉には新田義貞(にったよしさだ)の軍が攻めてくる。
その時に北条高時(ほうじょうたかとき)は、少年である那時(くにとき)がここで討たれてしまうのはかわいそうだと思って、五大院宗繁に「那時を隠してほしい」と頼むんだね。
たしかにかわいそうだね。
そもそも普通なら元服しているような年齢でもないからね。
あとは「かわいそう」というだけではなくて、どこかで那時が生きていてくれれば、那時を中心にして集まった御家人たちが、ふたたび鎌倉を奪還してくれるかもしれないという希望も見出せる。
ここまでは五大院宗繁はダメ人間じゃないぞ。
ところが宗繁は那時と別行動をとって、新田義貞軍の船田義昌(ふなだよしまさ)に、「那時はあっちにいますよ」って密告して、お金をもらおうとするんだね。
ダメ人間!
結局、那時はとらえられて、その次の日には処刑されてしまうんだ。
じゃあ、時行(ときゆき)にとっては、五大院宗繁はお兄ちゃんのかたきじゃないか!
かたきなんて生易しいものじゃないだろうね。
正々堂々とした戦で敗れたわけではなくて、お金欲しさに売られたわけだからね。
しかも、宗繁はそもそも那時の存在によって権力を得ていたわけだから、極悪非道の所業だよね。
プロ中のプロの極悪だよ。
『太平記』くらいにしか記録がないから、多少悪く言われている部分もあるかもしれないけど、ある程度は事実のままだろうね。
「宗繁はその後、あまりの非道に周囲の人々からも見放されて、みちばたで餓死したらしい」というところまで書いてある。
『逃げ上手の若君』では時行(ときゆき)とたたかっていたけどな。
この時代の記録は本当に少ないので、何が本当かはわからないんだね。
『逃げ上手の若君』で描かれている顛末のほうが、実は真実に近い可能性もあるよ。
じゃあ、眼球で意思を伝達できていたんだ!
(*『逃げ上手の若君』の描写です)
そこは、まあ、漫画ならではの表現だろうね。