伊東祐親 ―うらみをかうこと多かったけれど わかってほしい 家長の苦労―

人物

北条政子ほうじょうまさこ北条義時ほうじょうよしときのお母さんは誰なの?

資料が少なくてよくわかっていないんだ。

でも義時の「お母さん」の「お父さん」は伊東祐親いとうすけちかという人。

つまり、義時の母方のおじいちゃんは伊東祐親。

図を出しておこう。

政子のほうのお母さんはよくわかっていないんだけど、同じかもしれない。

図では義時と政子は同母兄妹になっているけど、政子の母は未詳なので、図のとおりとは限らない。

「すけちか」と読むのか。

名前かっこいいよね。「すけちか」。

子どもは「祐泰すけやす」「祐清すけきよ」など。

みんな名前かっこいいね。

女の子が何人かいて、

一人は北条時政ほうじょうときまさの前妻(のちの妻が牧の方まきのかた)、

一人は三浦義澄みうらよしずみの妻、

一人は源頼朝みなもとのよりともの前妻(のちの妻が政子)。

一人は工藤祐経すけつねの前妻。

え?

どうしたの?

錚錚そうそうたる顔ぶれじゃない?

錚錚そうそうたる顔ぶれだよ。

初代執権(北条時政)
十三人の合議制の一人(三浦義澄)
初代将軍(源頼朝)
頼朝に大切にされた御家人(工藤祐経)

だからね。

よほどの器量よしの姉妹だったのだろう。

どの娘も有力武将に見初められるということは、そこから導き出される解はひとつ。

なあに?

伊東祐親がイケメン。

伊東祐親
伊東祐親

悪い気はしない。

まあ、当時は見た目がどうかということではなくて、家柄とか、政治関係とか、親の目論見もくろみとかで結婚するからね。

でも、源頼朝の最初の妻と言われている女性は、親の意思とは関係なく頼朝と仲良くなってしまったのだな。

だからやっぱりイケメン家族だったのかもしれないね。

頼朝の妻は、親の意向ではなく結婚したんだ!

儀礼としての「結婚」が成立したかどうかは定かではないのだけれど、頼朝とのあいだに男の子を授かっている女性がいる。

八重姫やえひめと呼ばれているね。

「伊東祐親とその娘八重姫」って名前からしてかっこいいね。

当時の女性の名前っていうのは、ほとんど記録に残っていないんだ。

「忌み名」という考えがあって、名前は人に話さないし、よほど親しい身内しか名前で呼ばないんだね。

だから、この時代の女性の名前は、のちの世の創作物とかで、便宜上つけていることが多いんだ。「〇〇物語」とかを書くときに、名前がないと不便だからね。

だからこんなふうに「八重姫」なんていう独特の呼び方がある人は、のちの世の創作物に書かれた人である可能性が高いんだ。

「八重姫」ものちの世で語られたのか。

曾我物語そがものがたり』っていう物語に出てくるよ。

伊東祐親
伊東祐親

何度読んでもつらい。

頼朝は初陣である「平治の乱」で敗れて、14歳で伊豆国へ流罪となった。

そのときの見張り役は何人かいるんだけど、その一人が伊東祐親。

でも、祐親が大番役(天皇の警護)で京におつとめにいっている間に、頼朝と八重姫(祐親の三女)は恋仲になってしまうんだ。

あれ?

似たような話をどっかで聞いたぞ……。

それ北条政子のことじゃなかったっけ?

頼朝は、政子よりも前に八重姫とデートをしていたのだ。

とんだプレイボーイだなこりゃ。

なんてったって、源氏の大将の跡取り息子だからね。そりゃあモテモテでしょうよ。

源氏の後継ぎ・・・・・・。

ジャニーズで言えば光GENJIのあとをスマップが継いだようなものだな。

頼朝と八重姫のあいだには、男の子が産まれる。千鶴せんつる丸(千鶴御前)という。

でも、大番役のおつとめを終えて京から戻った祐親は激怒。

ほうほう。いみじうめでたき童がおるのう。

どなたの子?

え? 八重姫? え?

え? お父さんどなた?

え? よりとも? 源氏の? え?

・・・・・・

よりともおぉぉォ!

まあそりゃあ怒るでしょうな。

もともと伊東祐親は、平清盛に登用されて、頼朝の見張りをしているわけだからね。

男の子が産まれた以上、その子は源氏の「跡継ぎ」になってしまう。

祐親は、平家にばれないうちに、千鶴丸を殺し、八重姫は頼朝と引き離して、別の人のところに無理やり嫁がせてしまう。

なんと。

さらに、そのまま頼朝を討伐しようとして、郎党ろうとう(家臣や付き人のこと)差し向けたのだ。

頼朝あやうし!

ところがここで祐清すけきよが活躍。

祐親すけちかの次男坊か。

頼朝には比企尼ひきのあまという乳母がいたんだ。

この女性は伊豆に流罪になった頼朝に対して20年間仕送りをしつづけたという愛情深い人。

伊東祐清すけきよは、比企尼ひきのあまの三女を妻にしていたんだね。

祐清からしてみれば、義理のお母さんが頼朝の乳母であるわけだから、頼朝とも親しくなっている。

そこで祐清は、「お前、うちの親父に討たれそうになってるぞ」って頼朝に教えてあげるんだ。

伊東祐親
伊東祐親

やってやるぜ。

頼朝討ってやるぜ。

ここで祐清は、自分の元服のときの「烏帽子親えぼしおや」を思い出す。

元服は大人になる儀式で、「烏帽子親」に烏帽子をかぶせてもらうことがメインイベント。

その「烏帽子親」は、「このあと困ることがあったら俺のとこに言ってこいよ」という存在でもある。

そいつぁ頼りになりそうだ!

誰なんだ、その祐清の「烏帽子親」という者は?

北条時政
北条時政

わしだ。

と……ときまさ!

北条時政
北条時政

烏帽子子えぼしごの祐清に頼まれて、頼朝をかくまった。

伊東祐親
伊東祐親

ときまさあぁァ!

さて、時政の妻という人も、伊東祐親の娘なんだね。

義時を産んだ女性だ。

だから、祐親からしてみれば、娘婿むすめむこに裏切られてしまったかっこうになる。

北条時政
北条時政

なんというか……勢いで……仕方がなかったんです。

祐親はこのへんで出家する。

伊東祐親
伊東祐親

なにもかもいやだ。

北条時政
北条時政

でもわしもそのうち大番役で京に行くでござる。

なんだか胸騒ぎがするぞ。

そう。

時政が京に行っているあいだに、時政の娘の政子と頼朝は恋仲になってしまうのだ。

よりともおぉォ!

でも、この話は正式な記録がないんだよね。

ぜんぶ「物語」に書いてあることから推定しているんだ。

だから、脚色がだいぶ入っているだろうね。

そのほうがいい。

これが真実なら胸のざわざわが止まらない。

ただ、『吾妻鏡』という別の資料によると、伊東祐親と北条時政とのあいだでなんらかの確執があったのは事実のようだね。

その「何らかのいさかいがあったらしい」という事実から、さっきの八重姫と頼朝の話なんかが、やっぱり事実だったんじゃないかっていう見方もある。

脚色があると言ってくれ。

その後、伊東家は一族のなかでいさかいがあって、いくつかの伊東家に分かれていくんだね。

いさかいがあるのか。

くわしくは別記事で!