人物

中原親能 ―幼いころの友の挙兵を 手伝うために鎌倉へ―

中原親能 なかはらのちかよし平安時代末期から鎌倉時代初期の貴族・御家人です。明法博士みょうぼうはかせ(法律の学者)であった中原広季ひろすえの息子(または養子)です。藤原光能みつよしの子という説もあります。幼い時に相模さがみ国(いまの神奈川県...
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大江広元 ―文書の仕事は総じて得意 先祖も子孫も教科書太字―

大江広元 おおえのひろもと平安時代後期から鎌倉時代初期の貴族です。兄(または義兄)である中原親能ちかよしの縁もあり、源頼朝にまねかれて鎌倉に下ります。頼朝の家政を統括し、公文所くもんじょ別当となり、のちに政所まんどころ初代別当となります。平...
人物

北条泰時 ―筋を通すが情には厚い 完成したぞ 御成敗式目―

北条泰時 ほうじょうやすとき鎌倉幕府第三代執権しっけんです。お父さんは北条義時よしときです。おじいさんは北条時政ときまさです。承久の乱の際には、叔父である北条時房ときふさ(義時の弟)とともに上京し、朝廷軍に勝利した後も京にとどまり、戦後処理...
用語

源氏と平氏ってなんだ? ―武士団のおこり―

平安時代の後半には、「荘園」を守るために、武装した集団が出てきた。「荘園」についてはこちら。さて、荘園という土地は、一般的には「受領(任地に赴いた国司)」が監督するんだけど、彼らの中には、任期を終えても京に戻らず、定住する人がけっこういた。...
用語

荘園ってなんだ? ―成立をめぐって―

説明によく出てくる「荘園しょうえん」っていうのはなんなの?荘園の変遷を長い期間で語るには紙面が足りないから、ここでは成立から平安時代の動向について話そう。たのんだ。荘園のことを話すためには、「大化たいかの改新かいしん」から始まるよ。長い?長...
人物

平敦盛 ―後世まで 語りつがれる 笛の音―

平敦盛 たいらのあつもり平安時代末期の武将です。お父さんは平経盛つねもり(平清盛の弟)です。おじいさんは平忠盛ただもり(平清盛の父)です。位階は従五位下じゅごいのげを叙じょせられましたが、その際、官職につかなかったので、無官大夫むかんのたい...
人物

熊谷直実 ―日本一の剛の者 平敦盛討ち取って 思うところあり出家した―

熊谷直実(法力房蓮生) くまがいなおざね(ほうりきぼうれんせい)平安時代末期から鎌倉時代初めにかけて活躍した武将・僧侶です。数々の合戦で先陣を争う勇猛ゆうもうな武士でした。源頼朝よりともは、熊谷直実くまがいなおざねを「日本一の剛の者」と評し...
人物

木曾義仲(源義仲) ―京から平家を追い出した でもグイグイしすぎて討伐対象―

木曾義仲(源義仲) きそよしなか(みなもとのよしなか)平安時代末期の武将です。お父さんは源義賢よしかた(源義朝よしともの弟)です。そのため、頼朝よりともや義経よしつねとはいとこの関係になります。以仁王もちひとおうの挙兵に共鳴し、信濃しなので...
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後鳥羽天皇(後鳥羽院) ―武芸も和歌も上級者 幕府つぶせると思ってた―

後鳥羽天皇 ごとばてんのう第82代天皇です。お父さんは「高倉たかくら天皇」です。おじいさんは「後白河ごしらかわ天皇」です。4歳で即位し、19歳で上皇となり、院政を開始しました。武芸に秀で、楽器の演奏なども得意でした。とくに和歌の能力が高く、...
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陳和卿 ―造った船が大きくて 海に浮かばず 朽ち果てた―

陳和卿 ちんなけい(ちんわけい)平安末期から鎌倉初期にかけて日本にいた宋の技術者です。東大寺大仏殿や大仏の再興に参加しました。1180年に東大寺や大仏が焼けてしまい、直す人が足りなくて困っていたところ、重源というお坊さんが陳和卿をさそい、い...