君がため 春の野に出でて 若菜摘む 我が衣手に 雪は降りつつ (光孝天皇)

きみがため はるののにいでて わかなつむ わがころもでに ゆきはふりつつ

和歌 (百人一首15)

君がため 春の野に出でて 若菜摘む 我が衣手ころもでに 雪は降りつつ

光孝天皇 『古今和歌集』

歌意

あなたのために、春の野に出かけて若菜を摘む私の袖に、雪はしきりに降りかかっている。

作者

作者は「光孝天皇」です。

仁明天皇の皇子であり、宇多天皇のお父さんです。

藤原基経に推されて、陽成天皇の次代として即位しました。

「筑波嶺の~(百人一首13)」を詠んだ陽成院だな。

光孝天皇は、文武両道で、音楽の素養もあって、性格もよかった人と言われています。

即位後も自分で食事をつくったりしていたそうですよ。

もうこの和歌に性格がにじみでているよね。

内容もいいですし、素朴な表現もすばらしいです。

『古今和歌集』の詞書に「仁和の帝、皇子におはしましける時に、人に若菜たまひける御歌」とありますので、即位前に詠んだ歌ですね。

「仁和」って「仁和寺にある法師」の「仁和寺」の「仁和」?

「仁和」という元号の時に在位した天皇が「光孝天皇」とその皇子である「宇多天皇」です。

「仁和寺」は、仁和2年に光孝天皇の願いで建設が始まり、光孝天皇の崩御後、遺志を継いだ宇多天皇の代で完成しました。最初は「西山御願寺」と称されましたが、やがて元号をとって「仁和寺」になりました。

ポイント

君がため

「君」は、古くは「天皇」を指したり、「女性から男性」を指したりしたことばですが、平安時代には「男性から女性」を指すことなどにも広く用いられました。

光孝天皇にとって、ここでの「君」が誰を指すのかはわかっていませんが、大切な相手であることは間違いないでしょうね。

春の野に出でて

旧暦の「春」は「睦月むつき(1月)・如月きさらぎ(2月)・弥生やよい(3月)」ですが、

(1)雪が降っている。
(2)新年の1月7日に7種類の若菜を食べて長寿を祈る風習がある。

という点から、「初春」の「睦月」であり、しかも「上旬」のことだと考えられます。

いまも「七草がゆ」ってあるよね。

そうですね。

この歌でも、誰かの健康を願って寒い中に若菜を摘んでいることになります。

若菜摘む

ここでの「若菜」は、「春の七草」のどれかでしょうね。

あるいはそのすべてを摘んでいるのかもしれません。

春の草と言ったら、タンポポの葉とかツクシくらいしかわかんないぞ。

セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロです。

雪降ってるなかでこれ全部摘むとしたら、けっこうな重労働だぞ。

我が衣手に

「衣手」は、「袖」のことです。

和歌ではよく「衣手」と言いますね。

「我が衣手は露に濡れつつ」ってやつもあったよね。

天智天皇の「秋の田の 仮庵の庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ」ですね。

この歌をふまえて、似た表現にしているのでしょうね。

オマージュってやつだな。

のちに天皇になる人が、天皇の歌のオマージュを詠んでいることになりますね。

雪は降りつつ

「つつ」は「反復・継続」を示す助詞です。

「雪が降り続けている」「しきりに雪が降っている」などと訳します。