次の傍線部を現代語訳せよ。
神無月のころ、栗栖野といふ所を過ぎて、ある山里に尋ね入ること侍りしに、遥かなる苔の細道を踏み分けて、心細く住みなしたる庵あり。木の葉に埋もるる懸樋の雫ならでは、つゆおとなふものなし。
現代語訳
(陰暦)十月のころ、栗栖野という所を通り過ぎて、ある山里に分け入ることがございましたが、遥かに続く苔の細道を踏み分けて(行くと)、もの寂しい様子で住んでいる庵がある。木の葉に埋もれる懸樋の雫でなくては【懸樋の雫の音以外には】、まったく音を立てるものがない。
ポイント
懸樋 名詞
「懸樋(かけひ)」は、名詞です。
竹などを用いて、地上にかけ渡して、水を流す構造物です。「筧(かけひ)」と書くこともあります。
自然の湧き水や小川から、手水や台所などに水を引くために作ります。「鹿おどし」に水をひっぱってくるときにも、「懸樋」が活躍しますね。
懸樋は人工物ですけれども、ここでは「木の葉に埋もるる」とありますので、長い年月を経て、ずいぶん自然になじんでいる状態だといえるでしょう。
なり 助動詞
「なら」は、断定の助動詞「なり」の未然形です。
打消の接続助詞「で」がありますので、「~でなくて」と訳します。
つゆ 副詞
「つゆ」は、副詞です。
もとは水滴の「露」です。
「露」は、とても小さくてもろいので、「わずかなこと」「はかないこと」のたとえでも用いられるようになります。
やがて、「ほんの少し~」というように、用言に係っていく副詞的用法で使われるようになります。その場合の「つゆ」は、文法上「副詞」に分類されます。
なお、副詞の「つゆ」は、打消表現とセットになって、「少しも(~ない)」「まったく(~ない)」という意味で使用されることがほとんどです。
ここでも、「まったく音を立てるものがない」という意味になります。
音なふ 動詞(ハ行四段活用)
「音なふ」は、動詞「おとなふ」の連体形です。
名詞「音」に、接尾語「なふ」がついたものです。
「なふ」は、「する・行う」という意味であり、名詞や形容詞の語幹などについて、複合動詞をつくります。
「占なふ(うらなふ)」
「商なふ(あきなふ)」
など、現代語につながっている動詞もありますね。
「音なふ」は、「音がする」または「音を立てる」という意味になります。
ここでは、「まったく音がするものがない」「まったく音を立てるものがない」のどちらで訳してもOKです。