雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子参りて、(枕草子)

〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。

雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子参りて、炭櫃に火おこして、物語などして集まりさぶらうに、「少納言よ。香炉峰の雪いかならむ。」と仰せらるれば、御格子上げさせて、御簾を高く上げたれば、笑はせたまふ。人々も、「さることは知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそ寄らざりつれ。なほ、この宮の人にはさべきなめり。」と言ふ。

枕草子

現代語訳

雪がたいそう高く降り積もっているのに、いつもとは違って御格子を下ろし申し上げて、炭櫃に火をおこして、(女房たちが)世間話などをして集まっておりますと、(中宮様が)「少納言よ。香炉峰の雪はどうであろう。」とおっしゃるので、(人に)御格子を上げさせて、御簾を高く上げたところ、(中宮様は)お笑いになる。女房たちも、「そのようなこと(白居易の漢詩)は知っていて、歌などにまで歌うけれど、(御簾を実際に高く上げるとは)思いもよらなかった。やはり、(清少納言は)この中宮様にお仕えする人としてはふさわしいようである。」と言う。

ポイント

を 接続助詞

「を」は、接続助詞の「を」です。

「を」は、「間投助詞」から発展し、主に「格助詞」として使用されましたが、のちに「接続助詞」としても使用されました。

そのような経緯からも、「格助詞」とも「接続助詞」とも決めきれない用法が数多くあります。

ここも、「降り積もっているのに、」と考えれば、「逆接」の「接続助詞」ですが、「時」などの体言を補って、「降り積もっているときに、」と考えれば、「格助詞」と考えることもできます。

ただ、雪が積もっている場合には、一般的には「御格子」を「上げて」雪を眺めるものです。

その「一般常識」と、「いつもとは違って御格子を下げて」という部分は、「逆のつながりである」と言えるので、ここでの「を」については「逆接の接続助詞」と考えるのが自然です。

でもこれ、「参る」っていうのは、「偉い人に対して何らかの行為をし申し上げる」ということだよね。

「参る」とだけ言われても、格子を「上げる」なのか「下げる」なのかわからないのではないか?

ポイントは2つありまして、ひとつは、「例ならず(いつもとは違う)」です。

「雪が降り積もっている」という情報と、「普通なら格子を上げて眺めるはず」という「一般常識」をセットで考えたうえで、「いつもとは違う」のであれば、「格子を下げている」ということになります。

ポイントのもうひとつは、このあとに「格子を上げる」という情報があることです。あとになって「上げる」のであれば、冒頭の部分では「下げている」と考えられます。

ああ~。

たしかに、あとで「上げる」のであれば、その前の段階では「下ろされている」ことになるよな。

例ならず 連語

「例ならず」は、体言「例」+断定の助動詞「なり」+打消の助動詞「ず」です。

「例」が「習慣・ならわし・普段(のこと)」という意味ですので、「例ならず」は「いつもとは違って」などと訳します。

格子

「格子」は、窓や出入り口に取り付ける建具です。

細長い角材を縦横に組んだもので、通常は、上下二枚の格子戸をはめます。

「格子を上ぐ」というのは、この「上部」を上に開くことです。

「格子を下ぐ」というのは、この「上部」を下に閉じることです。

参る 敬語動詞

「参り」は、敬語動詞「参る」の連用形です。

「客体(行為の受け手)」を高める「謙譲語」になります。

本動詞であれば「参上する」「し申し上げる」などと訳します。

補助動詞であれば、「お~し申し上げる」「~して差し上げる」などと訳します。

「御格子参る」という表現は、初見では訳しにくいのですが、語を補うと、「御格子を動かし申し上げる」という意味合いになります。

ここでの「参る」は、「参上する」という意味ではなくて、「中宮様に何らかのはたらきかけをし申し上げる」という、漠然とした使い方なのですね。「格子を動かす」という行為は、中宮様への直接の行為ではありませんが、中宮様に強く影響を及ぼす行為なので、謙譲語が用いられているわけです。

「格子」に対しての具体的な行為というのは、基本的に「上げる」か「下ろす」かなので、「上げ申し上げる(上げて差し上げる)」「下ろし申し上げる(下ろして差し上げる)」のどちらかで訳せるといいですね。

ここでの「御格子参りて」は、

①「例ならず」という表現と、
②「あとで上げる展開になる」という情報の

2つをヒントにして、「御格子を下ろし申し上げて」と訳すんだったな。

冒頭だけで結論付けるのは難しいですが、少し後ろまで読めば解読可能です。