虫は 『枕草子』 現代語訳

『枕草子』より、「虫は」の現代語訳です。

虫は、~

虫は、鈴虫、ひぐらし、てふ、松虫、きりぎりす、はたおり、われから、ひをむし、蛍。

虫、鈴虫、ひぐらし、蝶、松虫、こおろぎ、われから、かげろう、蛍(が趣深い)。

みのむし、~

みのむし、いとあはれなり。鬼の生みたりければ、親に似て、これもおそろしき心あらむとて、親のあやしき衣ひき着せて、「いま秋風吹かむ折ぞ来むとする。待てよ。」と言ひおきて、逃げて去にけるも知らず、風の音を聞き知りて、八月ばかりになれば、「ちちよ、ちちよ。」とはかなげに鳴く、いみじうあはれなり。

みのむしは、たいそうしみじみとした趣きがある。鬼が生んだので、親に似て、これも恐ろしい心があるだろうということで、親が粗末な衣服を着せて、「じきに秋風が吹いたらそのときに来ようとしている。待っていてよ。」と言い残して、逃げて行ってしまったことも知らずに、秋風の音を聞き知って、八月ごろになると、「父よ、父よ。」と弱々しく鳴くのは、たいそうしみじみと思われる。

額づき虫、~

額づき虫、またあはれなり。さる心地に道心おこして、つきありくらむよ。思ひかけず、暗き所などに、ほとめきありきたるこそをかしけれ。

額づき虫【米つき虫】も、またしみじみと趣き深い。そんな心【小さな虫の心】にも仏への信心をおこして、(額を)地につけて歩き回っているようだよ。思いもかけない、暗い所などで、ことことと音を立てながら歩きまわっているのはおもしろい。

蠅こそにくきもののうちに入れつべく、~

蝿こそにくきもののうちに入れつべく、愛敬なきものはあれ。人々しう、敵などにすべき大きさにはあらねど、秋など、ただよろづの物にゐ、顔などに濡れ足してゐるなどよ。人の名につきたる、いとうとまし。

蝿こそ気に入らないものの中に入れるべきで、かわいげのないものである。人間なみに、相手などにするはずの大きさではないが、秋などに、ただいろいろな物にとまり、顔などに濡れた足でとまっているなど。人の名に(蝿と)ついているのは、たいそういやな感じだ。

夏虫、~

夏虫、いとをかしうらうたげなり。火近う取り寄せて物語など見るに、草子の上などに飛びありく、いとをかし。

夏虫は、たいそう趣があってかわいらしい。灯火を近く引き寄せて物語などを読んでいるとき、本の上などを飛んでまわるのは、たいそう趣がある。

蟻は、~

蟻は、いとにくけれど、軽びいみじうて、水の上などを、ただ歩みに歩みありくこそ、をかしけれ。

蟻は、たいそう気に入らないが、軽さは並々でなくて、水の上などを、ひたすら歩きに歩き回るのは、趣がある。