円融院の御はての年 『枕草子』 現代語訳

『枕草子』より、「円融院の御はての年」の現代語訳です。

円融院の御はての年、~

円融院の御はての年、みな人御服脱ぎなどして、あはれなることを、おほやけよりはじめて、院の人も、「花の衣に」など言ひけむ世の御ことなど思ひ出づるに、

円融院の喪(の期間)がお明けになった年、(宮中の)人【女房】はみな御服【ここでは喪服】を脱ぐなどして、しみじみとした様子を、帝からはじめて、院にお仕えしていた人【女房】も、「花の衣に」などと言ったとかいう御時代のことなどを思い出しているとき、

「花の衣に~」は、かつて、仁明天皇が崩御し、喪の儀式が明けたとき、僧正遍昭が詠んだ次の歌です。

みな人は 花の衣に なりぬなり 苔の袂よ かわきだにせよ

(歌意)喪が明けて人はみな華々しい衣に着替えたそうだ。涙にぬれた袂よ、せめて乾くだけでもしてくれ。


「喪が明けて、みんなが(通常の)華々しい衣服に戻ってしまった」ことを、寂しがって詠んだ歌です。つまり、このたびの「円融院の喪が明け、皆が喪服を脱いでしまった状態」と、きわめて似ている状態なのです。

院の人(宮中の人々)も、「かつて仁明天皇の喪がお明けになった時に、遍昭がこんな歌を詠んだそうだよ。まったく今のこの状況に似ているね。寂しいなあ」と思っているのですね。

雨のいたう降る日、~

雨のいたう降る日、藤三位の局に、蓑虫のやうなる童の大きなる、白き木に立文をつけて、「これたてまつらせむ」といひければ、「いづこよりぞ。今日、明日は物忌みなれば、蔀もまゐらぬぞ」とて、下は立てたる蔀より取り入れて、「物忌みなれば見ず」とて、上についさして置きたるを、つとめて、手洗ひて、「いで、その昨日の巻数」とて請ひ出でて、伏し拝みてあけたれば、胡桃色といふ色紙の厚肥えたるを、あやしと思ひて開けもていけば、老法師のいみじげなる手にて、

雨がたいそう降る日、藤三位の局に、蓑虫のような子どもで大きな者【子ども】が、白い木に立文をつけて、「これを差し上げよう」と言ったので、「どこからか。今日、明日は物忌みであるので、蔀も上げ申し上げないぞ」と言って、下側は立てている蔀から(文を)取り入れて、(籐三位は)「物忌みであるので見ない」と言って、上(のほうに)ちょっと挿して置いていた立文を、翌朝、手を洗って、「さあ、その昨日の巻数(を出して)」と求め出て、伏し拝んで開けたところ、胡桃色という色紙で、分厚くなっているのを、不思議だと思って、だんだん開けていくと、老法師の並々でない筆跡で、

これをだに~

これをだに かたみと思ふに 都には 葉がへやしつる 椎柴の袖

と書いたり。

せめてこれ【喪服】だけでも (円融院の)形見と思うのに 都では 着替えをしてしまったのか 椎柴の袖【*喪服の袖のこと】

と書いてある。

「いとあさましうねたかりけるわざかな。~

「いとあさましうねたかりけるわざかな。誰がしたるにかあらむ。仁和寺の僧正のにや」と思へど、「よもかかることのたまはじ。藤大納言ぞ、かの院の別当におはせしかば、そのし給へることなめり。これを、上の御前、宮などに、とくきこしめさせばや」と思ふに、いと心もとなくおぼゆれど、「なほ、いとおそろしういひたる物忌みしはてむ」とて、念じくらして、またつとめて、藤大納言の御もとに、この返しをして、さし置かせたれば、すなはち、また返ししておこせ給へり。

「とても驚きあきれて憎らしい行いだなあ。誰がしたことであろうか。仁和寺の僧正がしたことであろうか【仁和寺の僧正の筆跡であろうか】」と思うが、「(仁和寺の僧正は)まさかそんなことはおっしゃるまい。藤大納言だ、あの院【円融院】の別当でいらっしゃったので、その人がしなさったことであるようだ。これを、上の御前【一条天皇】、宮【中宮定子】などに(対して)、早くお聞かせしたいものだ」と思うので、とてもじれったく【気がかりに】思われるが、「やはり、とても恐ろしいと言っている物忌みを最後までしよう」と思って、我慢して過ごして、また翌朝、藤大納言の御もとに、この(歌に対する)返事【返歌】をして、置いておかせたところ、(相手は)すぐに、また返事【返歌】をして送ってきなさった。

それを二つながら持て、~

それを二つながら持て、急ぎまゐりて、「かかること侍りし」と、上もおはします御前にて語り申し給ふ。宮ぞいとつれなく御覧じて、「藤大納言の手のさまにはあらざめり。法師のにこそあめれ。昔の鬼のしわざとこそおぼゆれ」など、いとまめやかにのたまはすれば、「さは、こは誰がしわざにか。すきずきしき心ある上達部、僧綱などは、誰かはある。それにや。かれにや」など、おぼめき、ゆかしがり申し給ふに、

それを二つとも持って、急いで参上して、「このようなことがありました」と、上【一条天皇】もいらっしゃる御前で語り申し上げなさる。宮【中宮定子】は、たいそうそっけなく御覧になって、「籐大納言の筆跡の様子ではないようだ。法師の筆跡であるようだ。昔の鬼の仕業と思われるよ」などと、とても真面目におっしゃったので、(籐三位は)「そうであれば、これは誰の仕業であるのか。ひどく趣味に凝った心がある【物好きな心がある】上達部、僧鋼などは、誰がいるのか。その人であるか。あの人であるか」などと、まごつき、知りたがり申し上げなさると、

上の、~

上の、「このわたりに見えし色紙にこそ、いとよく似たれ」と、うちほほ笑ませ給ひて、いま一つ、御厨子のもとなりけるを取りて、指し給はせたれば、「いで、あな心う。これ仰せられよ。あな頭いたや。いかでとく聞きはべらむ」と、ただ責めに責め申し、怨み聞こえて笑ひ給ふに、やうやう仰せられ出でて、「使ひにいきける鬼童は、台盤所の刀自といふ者のもとなりけるを、小兵衛が語らひ出だしてしたるにやありけむ」など仰せらるれば、宮も笑はせ給ふを、ひきゆるがしたてまつりて、「など、かくは謀らせおはしまししぞ。なほ、疑ひもなく、手をうち洗ひて、伏し拝みたてまつりしことよ」と、笑ひねたがりゐ給へるさまも、いとほこりかに愛敬づきて、をかし。

上【一条天皇】が、「このあたりに見えた色紙に、とてもよく似ている」と、ふいにほほ笑みなさって、もう一つ、御厨子のもとにあった色紙を手に取って、指し出しなさったので、(籐三位は)「おやまあ、ああ情けない【つらい】。これ(のわけ)をおっしゃってよ。ああ頭が痛い。なんとかしてすぐに聞きましょう」と、ただ(一条天皇を)ひたすら責め申し上げ、怨み申し上げてお笑いになると、(一条天皇は)しだいにおっしゃり始めて、「使いに行った鬼童は、台盤所の刀自といふ者のところにいたのを、小兵衛が、誘い出してしたのだろうか」などとおっしゃったので、宮【定子】もお笑いになっているのを、(籐三位が)ゆさぶり申し上げて、「どうして、こんなふうに(私を)おだましになったことか。そのまま疑いもしないで、手を洗って、伏し拝み申し上げたことよ」と、笑って悔しがってお座りになっているさまも、たいそう得意そうで愛嬌があって、おもしろい。

上と宮のいたずらだったんだな!

 

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