年頃見えたまはざりけるなりけり。(竹取物語)

〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。

かくてこの皇子は、「一生の恥、これに過ぐるはあらじ。女を得ずなりぬるのみにあらず、天下の人の、見思はむことのはづかしきこと」とのたまひて、ただ一所、深き山へ入りたまひぬ。宮司、さぶらふ人々、みな手を分ちて求めたてまつれども、御死にもやしたまひけむ、え見つけたてまつらずなりぬ。皇子の、御供に隠したまはむとて、年頃見えたまはざりけるなりけり。これをなむ、「たまさかに(たまさかる)」とはいひはじめける。

竹取物語

現代語訳

こうしてこの皇子は、「一生の恥で、これを上回るものはないだろう。女【かぐや姫】を手に入れなかっただけでなく、世間の人が、(自分のことを)見て思うようなことが恥ずかしい」とおっしゃって、たった一人で、深い山へとお入りになった。屋敷の執事や、仕えている人々が、みんなで手分けして【皇子の行方を】お探し申し上げたが、お亡くなりにでもなられたのだろうか、お見つけ申し上げることができなかった。皇子が、ご家来たち(の前)から(姿を)お隠しになろうと思って、何年もの間姿をお見せにならなかったのであるのだよ。(それから)こういった(突然の失踪の)ことを「たまさかに(たまさかる)」と言い始めたのだ。

ポイント

年頃 名詞

「年頃」は名詞です。

「ころ」は、ある程度の幅をもった期間を示しますので、「長年」「長年の間」「ここ数年」「数年の間」「何年もの間」などと訳します。

たとえば「月ごろ」ならば「ここ数か月」「数か月の間」「数か月」などと訳します。

「日ごろ」ならば、「ここ数日」「数日の間」「数日」などと訳します。

見ゆ 動詞(ヤ行下二段活用)

「見え」は、動詞「見ゆ」の連用形です。

「見える」「現れる」などと訳します。

ここでは、「姿を現す」などと訳すのがいいですね。

たまふ 動詞(ハ行四段活用)

「たまは」は、敬語動詞「たまふ」の未然形です。四段活用の「たまふ」は「尊敬語」です。

ここでは補助動詞なので、「お~になる」「~ていらっしゃる」などと訳します。

直後に助動詞「ず」があるので、未然形になっているのですね。

けるなりけり 連語

「けるなりけり」は、助動詞「けり」+助動詞「なり」+助動詞「けり」です。

けり 助動詞(過去)

「ける」は、「過去」の助動詞「けり」の連体形です。

「けり」は、「来+あり」であり、「出来事の認識」が「語り手」のもとに「やってくる」ということです。

「出来事」として成立していることは原則的に「過去」のことなので、「かつてどこかで・・・・・・・あった・・・ことを今述べている」ということになります。

「語っている」以上、「その出来事そのもの」は語り手もすでに知っていたことになりますが、「叙述の現場に呼び起こす」という意識で、「けり」を使用しています。

このように、「かつてどこかであったこと」が、「語りの現場に呼び起こされる」ような使い方の「けり」は、「過去」の意味として分類されます。

なり 助動詞

「なり」は、「断定」の助動詞「なり」の連用形です。

「である」「だ」などと訳します。

記述問題の場合、「である」「だ」「で(しょう)」「で(した)などのように、何らかの形で訳出しておくほうがよいです。

ただ、選択肢問題では、なかったもののように扱われて、訳に出てこないこともあります。「断定」の訳語がなくても、大意が変わらないからです。

けり 助動詞

「けり」は、「詠嘆」の助動詞「けり」の終止形です。

「なりけり」のセットで、「であるなあ」「であることよ」「だなあ」「である」「であるものだ」といったように、一種の感慨を含めた訳ができるといいですね。

同じまとまりのなかに「けり」が2回使われている珍しい例文なんだな。

たしかに珍しいですね。

『源氏物語』にもいくつか存在します。

「けり」には、「過去」「詠嘆(気づき)」の用法があると教わったけど、その両方が、一節のなかに入っているんだな。

そうですね。

「かつてどこかであったことを述べている」という意味での「けり」は、「過去」の意味です。

「知らなかったことに気がついた」とか「忘れていたことを思い出した」という意味での「けり」は、「詠嘆(気づき)」の意味です。

くっきり区別するのは難しいね。

実際、「2つの意味にくっきり分かれている」ということではなくて、「濃淡」だと言われていますね。

「感慨もこもっているけれども、どちらかといえば過去」とか、「過去のことを言っているんだけど、どちらかといえば感慨が強い」とか、そういう性格がありますので、「あれ、どちらでも解釈できるぞ」という場合もありますね。

ふむふむ。

ところで、文章の最後にある「たまさかに」は、「たまさかる」と表記している文献もあります。

「たまさかに」であれば、邂逅たまさかに」「たまさかに」「たまさかにという意味で、「めったに現れない」「たまにしか出てこない」という様子を示していると言われます。

「たまさかる」であれば、魂離たまさかる」「魂避たまさかる」という意味で、「心ここにあらず」「放心状態」という様子を示していると言われます。

どちらでも文脈には合うので、「たまさかに」なのか「たまさかる」なのか、作者がどちらのつもりで書いたのかは不明瞭です。

ああ~。

「に」とも「る」とも読めるような仮名で書いてあったんだろうね。