この頃、物怪にあづかりて、困じにけるにや、居るままにすなはち、眠り声なる、いと憎し。(枕草子)

〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。

憎きもの。急ぐことある折に来て長言する客人。侮りやすき人ならば、「後に。」とても、遣りつべけれど、心恥ずかしき人、いと憎く、むつかし。硯に髪の入りて磨られたる。また、墨の中に、石のきしきしときしみ鳴りたる。にはかにわづらふ人のあるに、験者求むるに、例ある所になくて、ほかに尋ねありくほど、いと待ち遠に久しきに、からうじて待ちつけて、喜びながら加持せさするに、この頃、物の怪にあづかりて、困じにけるにや、居るままにすなはち、眠り声なる、いと憎し

現代語訳

憎らしいもの。急用がある時に来て長話をする客人。どうでもいいような人であれば、「あとで」とでも言って、帰すだろうけれども、こちらが遠慮するような立派な人は、(帰すこともできないから)たいそう憎らしく、不愉快だ。硯に髪の毛が入って磨られているの。また、墨の中に、石が(混入していて)きしきしときしんで音を立てているの。急に病気になる人がいるときに、験者を呼びにやると、いつもの所にいなくて、(使いが)ほかの所を尋ねまわるあいだ、たいそう待ち遠しく長く感じるが、ようやく迎え入れて、喜びながら加持【お祈り】をさせると、近頃、物怪【怨霊・妖怪など】(の調伏)に携わって、疲れていたのだろうか、座るやいなや【座るにつれてすぐに】、眠っているような声であるのは、たいそう憎らしい

ポイント

あづかる 動詞(ラ行四段活用)

「あづかり」は、動詞「あづかる」の連用形です。

「関与する」「かかわる」「携わる」などと訳します。

困ず 動詞(サ行変格活用)

「困じ」は、動詞「困ず」の連用形です。

文字通り「困る」と訳すことも多いのですが、「疲れる」という意味もあり、こちらも多く目にします。

にや 連語

【体言 or 活用語の連体形】+「にや」は、後ろに「あらむ」が省略されています

なり 助動詞

「に」は、「断定」の助動詞「なり」の連用形です。

「活用語の連体形」+「に」の後ろに「助詞」をはさんで「あり」がある場合、その「に」は、「断定」の助動詞「なり」の連用形と判断します。

ここでは、本来「あらむ」などがあってよい場所なので、このパターンに該当すると考えます。

や 係助詞

「や」は、係助詞です。ここでは文脈上「疑問」です。

すなはち 副詞

「すなはち」は、「名詞」「副詞」「接続詞」など、さまざまな使い方をします。

もとは「即時・即座・即刻」を意味する名詞ですが、時をあらわす名詞は用言に係っていくような使い方が増えていくので、やがて「副詞」として多く用いられました。

また、漢文の訓読において「即」「則」「乃」などを「すなはち」と訓じたことから、「つまり」「そこで」といった接続詞としても使用されました。