すきずきしき心ある上達部、僧綱などは、誰かはある。(枕草子)

〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。「上達部」「僧綱」はそのままでよい。

それを二つながら持て、急ぎまゐりて、「かかること侍りし」と、上もおはします御前にて語り申し給ふ。宮ぞいとつれなく御覧じて、「藤大納言の手のさまにはあらざめり。法師のにこそあめれ。昔の鬼のしわざとこそおぼゆれ」など、いとまめやかにのたまはすれば、「さは、こは誰がしわざにか。すきずきしき心ある上達部、僧綱などは、誰かはある。それにや。かれにや」など、おぼめき、ゆかしがり申し給ふに、

現代語訳

それを二つとも持って、急いで参上して、「このようなことがありました」と、上【一条天皇】もいらっしゃる御前で語り申し上げなさる。宮【中宮定子】は、たいそうそっけなく御覧になって、「籐大納言の筆跡の様子ではないようだ。法師の筆跡であるようだ。昔の鬼の仕業と思われるよ」などと、とても真面目におっしゃったので、(籐三位は)「そうであれば、これは誰の仕業であるのか。ひどく趣味に凝った心がある【物好きな心がある】上達部、僧鋼などは、誰がいるのか。その人であるか。あの人であるか」などと、まごつき、聞きたがり申しなさると、

前後のお話はこちらをどうぞ。

ポイント

すきずきし 形容詞(シク活用)

「すきずきしき」は、形容詞「すきずきし」の連体形です。「心」に係っています。

「好き好きし(すきずきし)」は、主に「男性が色恋に一途である」という意味で用いられます。ただ、「浮気だ」というマイナス評価とは限らず、「モテる要素がある」というような、肯定的な文脈でも使用されます。

対象が「女性」ではなく、「趣味」であれば、「風流だ」という意味でも使います。みんなが引くくらい趣味に凝りすぎていると、「物好きだ」というように、マイナス評価で訳すこともあります。

ここでは、話の展開上、ちょっと嫌味っぽい和歌を送られた「藤三位」は、ややイライラしているようすなので、「趣味に凝りすぎた手紙がきた」という感じで、マイナス評価で訳したほうがよさそうです。「物好きな」などでもいいですね。

上達部 名詞

「上達部(かんだちめ)」とは、「摂政、関白、太政大臣、左大臣、右大臣、内大臣、大納言、中納言、参議」などを総称することばです。官職にかかわらず、三位以上の人は「上達部」と呼びます。「参議」は四位なのですが、「上達部」に分類されます。

位階で「一位・二位」を「公」、「三位」と「四位の参議」を「卿」と呼びますので、これらをあわせて「公卿くぎょう」といいます。

そのため、「上達部」と「公卿」は実質同じことですね。

殿上人てんじょうびと」とは違うの?

「殿上人」は、帝が生活する「清涼殿」に昇殿を許された人のことですが、「公卿」は除くので、主に「参議以外の四位」「五位」の人などを意味します。帝の住まいを雲の上にたとえて、雲上人うんじょうびとなどと言うこともあります。

ただ、「上達部」も「公卿」も「殿上人」も、時代によってどこまで入れるかという範囲は変化していますので、概括的にきっぱり線を引くのは難しいです。

僧綱 名詞

「僧綱(そうごう)」とは、仏教の僧尼を管理するためにおかれた官職です。

僧正そうじょう」「僧都そうづ」「律師りっし」に分類されています。

この3つで「三綱さんごう」ということもあります。

僧正遍照は、管理職だったということだな。

そういうことになります。

かは 係助詞

「かは」は、係助詞です。

疑問・反語を示す「か」に、強調の「は」がついたものであり、訳としては「か」と同じと考えて問題ありません。

「かは」は「反語」になることが圧倒的に多いので、まずは「反語」で訳してみましょう。それで文脈がおかしいようであれば、「疑問」の可能性があります。

「かは」は〈反語〉になることが多いので、反語で訳してみると、「誰かいるのか、いや、いるはずがない」のようになります。

ところが、ここでは、直後に「その人? それともあの人?」というように推測しているので、その推測の前に、「いや、いない」と断言するのはおかしなことになります。

そのことから、この「かは」は〈疑問〉と考えます

ただし、「かは」を〈疑問〉で用いる場合は、シンプルな「質問」ではありません。

これは、「~か? (うーむ……わからん)」という、「容易には答えられない疑問」「解答不能の疑問」なのだと考えましょう。

このように、「やは」「かは」は〈反語〉になることが多いのですが、常に反語とは限りません。〈疑問〉になることもあるのです。そして〈疑問〉になる場合は、容易に答えが出ない問い答えることができない問いになっているといえます。

風流心のある上達部、僧綱などは誰がいるのか。いや、いないはずだ

などと訳してしまうと、間違いだということなんだな。