大殿籠りたる所ひきつくろひなどして、入れ奉らむとて、(大鏡)

〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。

この殿たちの兄弟の御中、年ごろの官位の劣り優りのほどに、御中悪しくて過ぎさせ給ひし間に、堀河殿御病重くならせ給ひて、今は限りにておはしまししほどに、東の方に、先追ふ音のすれば、御前に候ふ人たち、「誰ぞ。」など言ふほどに、「東三条殿の大将殿参らせ給ふ。」と人の申しければ、殿聞かせ給ひて、「年ごろ仲らひよからずして過ぎつるに、今は限りになりたると聞きて、とぶらひにおはするにこそは。」とて、御前なる苦しきもの取りやり、大殿籠りたる所ひきつくろひなどして、入れ奉らむとて、待ち給ふに、

大鏡

現代語訳

この殿たち【藤原兼通・兼家】兄弟の間柄は、長年の官位の優劣を争ううちに、(二人の)御仲は悪くて時が過ぎていらっしゃった間に、堀河殿【兼通】のご病気が重くなりなさって、今にも最期でいらっしゃったときに、東の方で、先払いをする音がするので、(兼通の)おそば近くにお仕えする人たちは、「誰だろうか。」となどと言ううちに、「東三条の大将殿【兼家】が参上なさる。」と人が申し上げたので、殿【兼通】はお聞きになって、「長年仲がよくないままで(時が)過ぎたが、(私が)今にも最期という状態になっていると聞いて、(兼家が)見舞いにいらっしゃったのだ。」といって御前にある見苦しいものを片付け、お休みになっている所の体裁を整えるなどして、(兼家を)お入れ申し上げようとして、お待ちになると、

お話の前後はこちら。

ポイント

大殿籠る 動詞(ラ行四段活用)

「大殿籠り」は、動詞「おほとのごもる」の連用形です。

「大殿」は宮殿のことですが、主に寝所を指すことが多いです。

その寝所に「籠る」ということなので、「(貴人が)お休みになる」と訳します。

天皇・皇后・中宮など、かなりのレベルの貴人にしか使用しません。

この場面では「藤原兼通」は「関白」ですので、「かなりのレベル」に相当する貴人です。

たり 助動詞

「たる」は、「存続・完了」の助動詞「たり」の連体形です。

「存続・完了」のどちらでも訳せる場合が多いのですが、「存続」が基本ですので、「~ている」と訳せるものは「存続」で取っておきましょう。

ひきつくろふ 動詞(ハ行四段活用)

「ひきつくろひ」は、動詞「引き繕ふ」の連用形です。

「つくろふ」に、接頭語「ひき」がついている動詞です。

接頭語は訳出しなくてもOKです。

ただ、「ひき」は、「さっと引き寄せる」「ひとまず引き抜く」というニュアンスがありますので、「ひきつくろふ」は、「(さっと)体裁をとりつくろう」という意味になりがちです。あるいは、「(まずはこれに)心を用いる・注意を払う」と訳すこともあります。

ここでは、「ひき」を無視して、「整える」と訳してもOKですが、「ひき」のニュアンスを活かすのであれば「体裁を整える」「体面をとりつくろう」などと訳すことになります。

奉る 動詞(ラ行四段活用)

「奉ら」は、動詞「たてまつる」の未然形です。

「謙譲語」の代表的な動詞です。

本動詞の場合は「差し上げる」「献上する」という意味になりますが、この例文のように「補助動詞」で使用されている場合、客体(相手)に「動作を献上している」と考え、

お~(し)申し上げる
~(して)差し上げる


などと訳します。

ここでは、「お入れ申し上げる」「入れて差し上げる」などと訳すことになります。

む 助動詞

「む」は、意志の助動詞「む」の終止形です。

直後に引用をとじる格助詞「とて」がありますので、「む」は「文内文」の終了地点にあることになりますから、「終止形」になります。