やつる【俏る・窶る】 動詞(ラ行下二段活用)

バエなくなる

意味

(1)目立たない姿になる・地味になる・簡素になる・粗末になる

(2)みすぼらしくなる・見ばえがしなくなる・容色が衰える

ポイント

「やつる」の「やつ」は、現代語でいう「やつれる」の「やつ」と同根であり、「目立たない姿になる」「みすぼらしくなる」という意味においては、現代語「やつれる」に通じる意味を持ちます。

ただ、古語「やつる」を「やせ細る」という意味で用いることはまずありませんので、そこは現代語「やつれる」とは異なるところです。

「げっそりする」みたいな意味ではないんだね。

根本的には「太いものが細くなる」とか「大きいものが小さくなる」という意味ではありません。「目立つものが目立たなくなる」とか「派手なものが地味になる」ということです。

ただ、「地味・簡素・粗末」になるということが、「太⇒細」「大⇒小」という変化を示しやすいということはありますので、「やつる」という「表現」と「細くなる」という「現象」が結果的に一致していることは起こりえます。

時代が経つにしたがって、「やつる」という表現と「やせ細る」という意味が癒着していったのではないでしょうか。

ああ~。

たしかに、「やせ細ったもの」に「地味・簡素・粗末」といった感想を抱きやすいよね。

でも、「大きくてもみすぼらしいもの」とか、逆に「小さくても派手なもの」とかもあるよね。

まさにそういうことです。

したがって、古文の試験において、「やつる」を「やせ細る」と訳すのはNGです。

あくまでも「目立たなくなる」「みずぼらしくなる」といった意味合いで訳していきましょう。

なお、「やつる」の他動詞型「やつす」も重要語ですので、セットで覚えておくのがよいと思います。

例文

姫君の、いたくやつれたまへる、恥づかしげに思したるさま、いとめでたく見ゆ。(源氏物語)

(訳)姫君【玉鬘】が、たいそう簡素な身なりになっていなさることを、気恥ずかしくお思いになっている様子は、とてもすばらしく思われる。

いと若かりしほどを見しに、太り黒みてやつれたれば、多くの年隔てたる目には、ふとしも見分かぬなりけり。(源氏物語)

たいそう若かった時の姿を見たが、太って色黒で見ばえがしなかった【みすぼらしい姿をしていた】ので、多くの年月を隔てた目では、すぐには見分けることができなかったのだ。

この例文などは、「太り黒みて」と「やつれたれば」が併記されていますので、「やつる」が「やせ細る」という意味でないことがわかります。

たまたま「やつる」という表現と、「やせ細る」という「事実」が結合していることはありますが、中古・中世の「やつる」の語そのものに「やせ細る」という意味はありません。

宵過ぐして、睦ましき人の限り、四、五人ばかり、網代あじろ車の、昔おぼえてやつれたるにて出でたまふ。(源氏物語)

(訳)夜が明けるまで過ごして、仲のよい人ばかり、四、五人ほど、網代車の、昔を思い出させて粗末になっている車でお出かけになる。

天皇は「輿」に乗るとか、上皇や親王、また公卿クラスは「檳榔毛びらうげの車」に乗るとか、乗り物の「格」もだいたい決まっています。

網代車は、大臣・納言・大将・納言などが遠出するときや、略式の外出に用いましたが、基本的には四位・五位の貴族が常用にした乗り物です。

この場面は、光源氏が、「昔よく乗っていた乗り物」として「網代車の地味なやつ」で外出するところなので、ここでの「やつる」は、「ひとつ格を落とした乗り物」というニュアンスも含んでいると考えられます。