いさよふ 動詞(ハ行四段活用)

意味

(1)ためらう *心理的に

(2)たゆたう・ただよう・ぐずぐずしてなかなか進まない *物理的に

ポイント

「いさよふ」の「いさ」は、抵抗・否定を示す感動詞「いさ」や、「いさかひ」の「いさ」などと同根です。何らかの外部要因を素直には受け入れられないことを示します。

「よふ」は、「ただよふ」「さまよふ」などの「よふ」と同根で、ゆらゆらと動揺することを示します。

合わせると、心理的抵抗感があって前進するのをためらうことや、自然的物理的要因からなかなか進まないことを意味します。

ふたつを合わせると、「ぐずぐずためらう」という感じになるんだな。

そういうことになります。

望月の次の日の月を「十六夜(いさよひ)」と言いますね。

月の後半はだんだん空に出るのが遅くなりますので、待っている側からすると、「出てくるのをためらっている」ように見えます。

そのことから、「望月の翌日の月」すなわち「十六夜」を「いさよひ」というニックネームで呼んだのですね。

そういえば『十六夜日記(いざよひにっき)』ってあるよね。

阿仏尼の『十六夜日記』ですね。夫藤原為家の死後、領地の相続争いを幕府に陳情するために、播磨国から鎌倉に向かった旅の記録です。

阿仏尼自身がタイトルを付けたわけではないのですが、10月16日に出発したので、後世の人が『十六夜日記』と呼びました。

物理的に「十六日だった」ったことか!

いえ、実際に、「鎌倉に行ってどうにかなるのだろうか?」「そもそもこれ到着できるのだろうか?」とためらいとともに出発して、様々な困難に会いながら進むんですよ。

したがって、心理的にも状況的にも「いさよひ」です。

ほえ~。

後世の人の名づけのセンスすごいね。

なお、動詞「いさよふ」も名詞「いさよひ」も、鎌倉時代あたりから濁音化したようです。

例文

もののふの 八十宇治川の 網代木に いさよふ波の 行く方知らずも (万葉集)

(訳)武士たちの氏というわけではないが、宇治川の網代木に(ぶつかって)たゆたう【進路が定まらずただよう】波の行方はわからないことだ。

「柿本朝臣人麻呂が近江國より(京に)上り来たる時、宇治河の邊に至りて作る歌一首」ということで、いまも橘島の宇治公園に歌碑があります。

「もののふ」は、朝廷に仕えた文武の官人(物部)のことですが、彼らは「氏」が多いので、「もののふの」という表現は「八十(やそ)」「五十(い)」といったことばの枕詞になります。

もともとは「八十氏河」となっていまして、「氏」から「宇治」を導いています。「氏」までが「序詞」であり、「氏」と「宇治」が「掛詞」ともいえます。

「網代木」は、魚を捕るために竹などで編んだ「網代」をつける杭のことです。「網代木」そのものが「網代」の役割を担うこともありました。


 

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