〈問〉次の傍線部の古文を現代語訳せよ。
秋の夕暮の空の景色は、色もなく、声もなし。いづくにいかなる趣あるべしとも思えねど、すずろに涙のこぼるるがごとし。これを、心なき者は、さらにいみじと思はず、ただ眼に見ゆる花、紅葉をぞめではべる。
無名抄
現代語訳
秋の夕暮れの空の気色は、色もなく、音もない。どこにどれほどの趣があるのだろうとも思われないが、わけもなく涙がこぼれ落ちるようだ。これを、風流を解さない連中は、まったくすばらしいとは思わずに、ただ眼に見える花、紅葉を賞賛します。
ポイント
心なし 形容詞(ク活用)
「心なき」は、形容詞「心無し」の連体形です。
「趣を理解しない(風流心がない)」「思いやりがない」などと訳します。
「こころなし」と同じように「情けなし」も、「風流心」や「思いやり」がないことを意味しますが、「情けなし」のほうが非難めいた度合いは弱く、「趣に乏しい」「薄情だ」などと訳します。
つまり「こころなし」は「心そのものがない」状態を表し、「情けなし」は「心はあるけれど、その中に人情や風流心が見当たらない」状態を表します。
そのため、「心なし」という言葉には、自分に対して使えば「深い自戒の念」が、誰かに対して使えば「強い非難」が含められていることが多くなります。
「心(こころ)」は「心臓・胸」であることから、「中心部」「精神」「気持ち」「思いやり」「(和歌の)趣向」「心構え」などなど多様な意味になります。
様々な形容詞とドッキングし、「こころ〇〇し」という連語的な形容詞になります。
心憂し (つらい)
心苦し (つらい)
心付き無し(気に食わない)
心憎し (奥ゆかしい)
心許無し (じれったい・気がかりだ)
心安し (安心だ)
あたりは、頻出なので覚えておきたいところです。
つら 名詞
「つら」は名詞です。
「面」ならば「顔」のことですが、「列・連」ならば、「類(たぐい)」「同類」などと訳します。
前を読むと、
秋の夕暮れの空の景色は、色彩もなく、音もない。どこにどんな趣きがあるだろうとも思えないが、わけもなく涙がこぼれる。
とあります。
後ろを読むと、
ただ、眼に見える花や紅葉だけを賞賛します。
とあります。
この文脈で「つら」を「顔」と訳すのは唐突であり、無茶がありますので、「類」と訳すのが適切です。
「つらの者」で一気に「連中」などと訳してもよいでしょう。
いみじ 形容詞(シク活用)
「いみじ」は形容詞「いみじ」の終止形です。
直後に引用を受ける「と」がありますので、終止形になっています。
本来は程度がはなはだしい様子を示しますが、そのことから、「はなはだしくよい」「はなはだしく悪い」という「評価」を含めて訳すことも多くなります。
① (程度・量が)はなはだしい・たいそう~
② とてもよい・すばらしい
③ とても悪い・ひどい
という3パターンの訳を文脈に応じて当てはめます。
用言に係っていく場合(連用形になっている場合)は、圧倒的に①の用法が多くなります。
ここでは、直前に作者(鴨長明)の涙がこぼれてしまうほどの「見えないもの・聞こえないものの雰囲気」が書かれており、それを受けているので、「とてもよい」の意味でとるのが適当です。そういったものを「とてもよい」と思わずに、「目に見えるものだけをほめている」人について、批判的、皮肉的に書いている場面です。
めづ 動詞(ダ行下二段活用)
「めで」は、動詞「愛づ」の連用形です。
「愛する・賞賛する・ほめる・好む」などと訳します。
はべり 動詞(ラ行変格活用)
「はべる」は、敬語動詞「はべり」の連体形です。
係助詞「ぞ」があるために、結びの「はべり」が連体形「はべる」になっています。
「はべり」は、補助動詞の場合は「丁寧語」で確定です。
ここでは動詞「めづ」に続いている「補助動詞」なので、「丁寧語」になります。
「です・ます・ございます」のうち、自然な現代語訳に最もフィットするものを採用して訳しましょう。