御台などうちあはで、いとかたはらいたしや。(源氏物語)

〈問〉次の傍線部の古文を現代語訳せよ。

例ならひにければ、かやすく構へたりけれど、徒歩より歩み堪へがたくて、寄り臥したるに、この豊後介、隣の軟障ぜざうのもとに寄り来て、 参り物なるべし、折敷手づから取りて、「これは、御前にまゐらせ給へ。御台などうちあはで、いと、かたはらいたしや」 と言ふを聞くに、「わが並の人にはあらじ」と思ひて、物のはさまより覗けば、この男の顔、見し心地す。誰とはえおぼえず。いと若かりしほどを見しに、太り黒みてやつれたれば、多くの年隔てたる目には、ふとしも見分かぬなりけり。

源氏物語

いつもの慣れたことだったので、たやすく準備したが、徒歩で歩くことは堪えられなくて、寄りかかって臥していると、この豊後介が、隣の幕のところに寄って来て、お食事なのであろう、折敷を自分で持って、「これは、御主人様に差し上げてなされ。お膳などがふさわしくなくて、たいそう、恐れ多いことですよ」と言うのを聞くと、「自分と並ぶ身分の人ではないだろう」と思って、物のすき間から覗くと、この男の顔は、見たことがある気がする。誰とは思い出すことができない。たいそう若かった時を見たが、太って色黒くなって粗末な身なりをしていたので、長い年月を経た目には、すぐには見分けなかったのであった。

ポイント

御台 名詞

「御台」は食事に使う台のことです。

現代語訳としては、「お膳」くらいにしておくのがよいでしょう。食事そのものを表すこともあります。

うちあふ 動詞

「うちあは」は、ハ行四段活用動詞「うちあふ」です。

直後に接続助詞「で」があるので、「未然形」になっています。

訳としては、「ぴったりする」「調和する」といったものになります。ここでは「お膳」の格調やデザインが、食事をさしあげる貴人にふさわしくなかった、あるいは、その場の雰囲気に似つかわしくなかったのだと考えられます。

かたはらいたし 形容詞

「かたはらいたし」は、漢字で書けば「傍ら痛し」です。

つまり「傍にいるのがつらい」というニュアンスになります。

傍にいる「相手側」に対して、

気の毒だ(隣にいると気の毒でつらい)
みっともない(隣にいると見苦しくてつらい)

という意味で使用することもあれば、

「自分側」に対して、

きまりがわるい・恥ずかしい(自分がみっともなくて隣にいたくない)

という意味で使用することもあります。

ここでは、食事をさし出している側が話しているので、「自分側」に対して使っていると考えるのが適当です。

うさぎにものまゐらせむに、にんじんなきこと、いとかたはらいたしや。