九条民部卿顕頼のもとに、~
九条民部卿顕頼のもとに、あるなま公達、年は高くて、近衛司を心がけ給ひて、ある者して、「よきさまに奏し給へ」など言ひ入れ給へるを、主うち聞きて、「年は高く今はあるらん。なんでふ、近衛司望まるるやらむ。出家うちして、かたかたに居給ひたれかし」とうちつぶやきながら、「細かに承りぬ。ついで侍るに、奏し侍るべし。このほど、いたはることありてなむ、かくて聞き侍る、いと便なく侍りと聞こえよ」とあるを、この侍、さし出づるままに、「申せと候ふ。年高くなり給ひぬらむ。なんでふ、近衛司望み給ふ。かたかたに出家うちして、居給ひたれかし。さりながら、細かに承りぬ。ついで侍るに奏すべしと候ふ」と言ふ。
九条民部卿顕頼のもとに、そう身分の高くない公達が、年は取っているが、近衛司(近衛府の武官)になりたいと強くお思いになって、(顕頼の家臣の)ある人を通して、「よいように帝に申し上げてください」などと申し入れ入れなさったのを、(その取り次ぎから)主人【顕頼】が聞いて、「今はかなり年を取っているだろう。どうして、近衛司を望みなさるのだろうか。出家をして、片隅にじっとしていらっしゃれよ」とつぶやきながら、「くわしく承った。機会がございますときに、(帝に)申し上げましょう。このところ、病気で苦しむことがあって、このように(取り次ぎの者を介して)聞きますこと、たいそう不都合でございます【申し訳なくございます】と申し上げよ」とあるのを、この(取り次ぎの)侍は、(公達の前に)出ていくままに、「申し上げろということでございます。『かなり年を取っていらっしゃるだろう。どうして、近衛司をお望みになる。片隅で出家して、じっとしていらっしゃれよ。しかしながら、くわしく承った。機会がございますときに(帝に)申し上げよう』とございます」と言う。
この人、~
この人、「しかしかさま侍り。思ひ知らぬにはなけれども、前世の宿執にや、このことさりがたく心にかかり侍れば、本意遂げてのちは、やがて出家して、籠り侍るべきなり。隔てなく仰せ給ふ、いとど本意に侍り」とあるを、そのままにまた聞こゆ。主、手をはたと打ち、「いかに聞こへつるぞ」と言へば、「しかしか、仰せのままになむ」など言ふに、すべていふはかりなし。
この人(公達)が、「そのとおりのことでございます。(おっしゃることに)思い至らないのではないけれども、前世からの執着であろうか、このこと【近衛司になること】があきらめきれず心にかかっておりますので、念願かなったあとは、すぐに出家をして、引きこもるつもりでございます。遠慮なくおっしゃってくださること、ますます本望でございます」とあるのを、そのままにまた(主に)申し上げる。主【顕頼】は、手をパタッと打ち、「どのように申し上げたのか」と言うと、「これこれ、おっしゃったとおりに(申し上げました)」などと言うので、(主はあきれて)まったく言いようがない。
この使にて、~
この使にて、「いかなる国王、大臣の御事をも、内々おろかなる心の及ぶところ、さこそうち申すことなれ。それを、この不覚人、ことごとくに申し侍りける。あさましと聞こゆるも愚かに侍り。すみやかに参りて、御所望のこと申して、聞かせ奉らむ」とて、そののち少将になり給ひにけり。まことに、言はれけるやうに、出家していまそかりける。
(主は)この使【取り次ぎの侍】を介して、「どのような(位のある)国王や大臣の御事をも、(私の)内側の愚かである心が考えたことを、あのように申し上げることだ。それを、この不覚の者【取次の侍】が、すべて申し上げたことです。驚きあきれると申し上げるのも愚かでございます。ただちに(帝のもとへ)参上して、ご所望のことを申し上げて、(その結果をあなたに)お聞かせ申し上げよう」と言って、その後、(この公達は近衛府の)少将におなりになった。本当に、(公達が)言っていたように、(少将になったあと)出家していらっしゃったという。

