すさまじきもの(除目に司得ぬ人の家) 『枕草子』 現代語訳

除目に司得ぬ人の家。~

除目に司得ぬ人の家。今年は必ずと聞きて、早うありし者どもの、ほかほかなりつる、田舎だちたる所に住む者どもなど、みな集まり来て、出で入る車の轅もひまなく見え、物詣でする供に、我も我もと参りつかうまつり、物食ひ、酒飲み、ののしり合へるに、果つる暁まで門たたく音もせず。

除目(官職任命の儀式)に官職を得ない人の家。今年は必ず(官職を得るだろう)と聞いて、かつて(この家に)いた者たちで、よそへ行っている人々、田舎めいた所に住む人々など、みな集まってきて、(家に)出入りする牛車の轅も隙間なく見え、(官職に任命を祈願する)お参りに行く供に、我も我もと参上しお仕えし、物を食べ、酒を飲み、大声で騒ぎあっているが、(除目の)終わる明け方まで、(使者が)門をたたく音もしない。

あやしうなど耳たてて聞けば、~

あやしうなど耳たてて聞けば、先追ふ声々などして、上達部などみな出でたまひぬ。もの聞きに夜より寒がりわななきをりける下衆男、いともの憂げに歩み来るを、見る者どもはえ問ひだにも問はず。外より来たる者などぞ、「殿は何にかならせたまひたる。」など問ふに、いらへには、「何の前司にこそは。」などぞ、必ずいらふる。まことに頼みける者は、いと嘆かしと思へり。

変だななどと、耳をたてて聞くと、先払いの声々がして、上達部などが皆(宮中から)ご退出になってしまう。内容を聞くために前夜から寒がってふるえていた下男が、たいそう落ち込んだ様子で歩いて来るのを、見る者たちは(任官されたかどうかを)質問することさえできない。よそから来た者などが、「殿は何におなりになったか。」などと尋ねると、(その)返事には、「何々の前司である。」などと必ず答える。(主人が任官することを)本当にあてにしていた者は、たいそう嘆かわしいことだと思っている。

つとめてになりて、~

つとめてになりて、ひまなくをりつる者ども、一人二人すべり出でて往ぬ。古き者どもの、さもえ行き離るまじきは、来年の国々、手を折りてうち数へなどして、ゆるぎありきたるも、いとをかし。すさまじげなり。

早朝になって、隙間なくいた者たちは、一人二人(こっそりと)すべり出ていなくなる。古くから仕えている者たちで、そのように離れ出ることができない人々は、来年の(国司が交代する)国々を、指を折って数えるなどして、体をゆすってうろうろ歩きまわっているのも、たいそうおもしろい。興ざめに感じる。

任官されなかった人の家に、事情を知らない人が来て、「何になったの?」と質問すると、「なになにの前司だ」と答えるところがあります。

「前司」というのは、「以前の官職」を指します。

現在でたとえるなら、内閣改造をした際に、何の大臣にもなれなかった人に対して、事情を知らない人が「何になったのですか?」と聞いているようなものです。

その返事の「決まり文句」として、「官房長官だ」などのように、「以前」の役職名を答えているのですね。

このタイミングで、あえて「前」の役職を答えているということは、すなわち「今回は何にもなれなかった」ということになります。

この返事を聞いて、質問した側も、「ああ……、今回は任官されなかったのだな……」と察するんだろうな。