いたくすさまじからず、心にくく、(徒然草)

〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。

内のさまは、いたくすさまじからず、心にくく、火はあなたにほのかなれど、ものの綺羅きらなど見えて、にはかにしもあらぬにほひ、いとなつかしう住みなしたり。「かどよくさしてよ。雨もぞ降る。御車は門の下に。御供の人はそこそこに」と言へば、「今宵こよひぞやすきべかめる」とうちささめくも、忍びたれど、ほどなければ、ほの聞こゆ。

徒然草

現代語訳

(宿の)内側は、それほど興ざめなようすではなく、奥ゆかしく、(部屋を照らす)火は向こうのほうでかすかに灯っているが、調度品の美しさなどが見えて、急に焚いたのではない香りがして、たいそう心引かれるように住んでいる。「門をしっかり閉めてよ。雨が降ると困る。御車は門の下に。御供の人はどこそこに」と(家の人が)言うと、「今夜は落ち着いて寝ることができそうだ」と(供の者が)ささやくのも、(声量を)おさえてはいるが、(空間が)狭いので【距離がないので】、かすかに聞こえる。

ポイント

いたく 副詞

「いたく」は、副詞です。

形容詞いたし」の連用形が、やがて副詞となったものです。

「たいそう」「並々でなく」「ひどく」といった意味になりますが、下に打消表現を伴うと、その「程度のはなはだしさ」が打ち消されることになるので、「それほど(~ない)」「たいして(~ない)」という意味になります。

ここでも、下に「ず」がありますので、「それほど興ざめではない」という文意になります。

すさまじ 形容詞(シク活用)

「すさまじから」は、形容詞「すさまじ」の未然形です。

「すさまじ」は、人間の意志に反して荒れていくさまを、「うわあ……」としらけて見ているような感情を意味します。

そのことから、「興ざめだ」「殺風景だ」などと訳します。

ここでは直後に打消の助動詞がありますので、「興ざめではない」という意味になります。

ず 助動詞

「ず」は、打消の助動詞「ず」の連用形です。

心にくし 形容詞(ク活用)

「心にくく」は、形容詞「心にくし」の連用形です。

「対象の内側がわかりにくくて、それゆえ、もっと知りたいと思う」という意味合いの形容詞です。「奥ゆかしい」と訳すのが最も適切ですね。