〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。
同じ心に、かやうにいひかはし、世の中のうきもつらきもをかしきも、かたみにいひかたらふ人、筑前に下りて後、月のいみじうあかきに、かやうなりし夜、宮に参りてあひては、つゆまどろまずながめあかいしものを、恋しく思ひつつ寝入りにけり。
更級日記
現代語訳
気心があって、このように会話し、世間のいやなことも、つらいことも、おもしろいことも、お互いに言い語らい合う人が、筑前に下った後、月のたいそう明るいとき、このように(月がすばらしく)なった夜には、御所に参上して会っては、少しもうとうとせず【まったく浅くも眠らず】(もの思いにふけりながら)ぼんやりと(月を)見て夜を明かしたのに、(今は近くにいない人を)恋しく思いながら眠りについた。
ポイント
つゆ 副詞
「つゆ」は「露」ですから、わずかなものを意味します。

下に打ち消し表現を伴うと、その「わずかなこと」をも打ち消す用法になります。
「少しも(~ない)」「まったく(~ない)」などと訳します。ここでは、「ず」と呼応していますね。
ず 助動詞
「ず」は、助動詞「ず」の連用形です。
まどろむ 動詞
「まどろま」は、マ行四段活用動詞「まどろむ」です。
ここでは直後に「ず」があるので、未然形になっています。
「まどろむ」は「浅く眠る」「うとうとする」と訳します。
ながむ 動詞(マ行下二段活用)
「ながめ」は、動詞「ながむ」の連用形です。

「ながむ」は、「眺む」と書くときと、「詠む」と書くときがあります。
「眺む」ならば「ぼんやり見る」「もの思いにふける」などと訳します。
解答欄に余裕があれば、「もの思いにふけりながらぼんやりと見る」などのようにあわせて書いても大丈夫です。
一方、「詠む」ならば「歌を詠む(口ずさむ)」と訳します。
漢字で書かれていれば判別は容易ですが、ひらがなで書かれている場合は、前後関係から判断しましょう。

ここでは眺める対象である「月」が話題になっているから、「ぼんやり見る」のほうで考えればいいんだな。
あかす 動詞
「あかい」は、サ行四段活用動詞「明かす」です。
直後に、過去の助動詞「き」があるので、連用形になっています。
連用形は「あかし」です。その「し」がイ音便化して、「あかい」になっているのです。
四段活用の連用形は、音便化しやすいのです。
「明かす」は、 「夜を明かす」「明らかにする」 などと訳しますが、ここでは文脈上「夜を明かす」がよいでしょう。
き 助動詞
「し」は、過去の助動詞「き」です。
直後に「もの」という体言があるので、連体形になっています。
過去の助動詞「き」は、「せ/〇/き/し/しか/〇」と活用します。連体形は「し」です。

ここでは「つゆまどろまず」になっていますが、他の作品などでは、「つゆまどろまれず」という言い回しで登場することが多いですね。
『更級日記』でも、他の箇所に「つゆまどろまれず」という表現が出てきます。
その場合、「まどろまれず」の「れ」は、助動詞「る」の未然形です。
助動詞「る」「らる」は、打ち消し表現を伴うと、「可能」の意味になりやすいです。
そこで、「つゆまどろまれず」は、「少しもうとうとすることができずに」とか「少しもうつらうつらできずに」などといったように、「できない」というニュアンスで訳すことになります。
ものを 接続助詞(終助詞)
「ものを」は、基本的には「接続助詞」であり、多くは「逆接」で使用します。「~のに、~」「~けれども、~」などと訳しましょう。

「順接」とみなして、「~ので、~」「~から、~」と訳すこともありますが、基本線は「逆接」です。
ものを
ものから
ものの
ものゆゑ
といった接続助詞が出てきたら、まずは「逆接」で訳しましょう。
さて、これらの接続助詞のうち、「ものを」については、「なのに」と述べたあとの「後件」を書かない使い方があります。「~なのに・・・」で言い終えてしまう用法です。「逆接的詠嘆」と呼んだりします。その場合の「ものを」を「終助詞」とみなす考え方もあります。
今回の「ものを」も、基本的には「接続助詞」なのですが、内容的には「ものを」で「心内文」が終わっており、「~なのになあ…。(そんなふうに)恋しく思いながら眠りについた」という文構造だと考えることもできますので、「終助詞」としても間違いではないです。