その十三日の夜、~
その十三日の夜、月いみじくくまなくあかきに、みな人も寝たる夜中ばかりに、縁に出でゐて、姉なる人、空をつくづくとながめて、「ただ今行方なく飛び失せなばいかが思ふべき」と問ふに、なまおそろしと思へるけしきを見て、ことごとに言ひなして笑ひなどして、聞けば、傍らなる所に、前駆おふ車とまりて、「荻の葉、荻の葉」と呼ばすれど答へざなり。呼びわづらひて、笛をいとをかしく吹きすまして、過ぎぬなり。
その(月の)十三日の夜、月がたいそう曇りなく明るい夜に、人もみな寝てしまった夜中ほどに、縁側に出て座って、姉である人が、空をしみじみと眺めて、「ただ今、(私が)どことなく飛びうせてしまったら、(あなたは)どう思うだろう」と尋ねると、(私が)気味悪く思っているようすを(姉は)見て、ほかの話に言いまぎらわして笑うなどして、聞くと、隣の家に、行列の先払いをする車が止まって、「荻の葉、荻の葉」と(従者に)呼ばせるけれど、返事をしないらしい。呼びかねて、笛をたいそう趣き深く吹き澄まして、行ってしまったようだ。
笛の音の~
笛の音のただ秋風と聞こゆるになど荻の葉のそよと答へぬ
と言ひたれば、「げに」とて、
荻の葉のこたふるまでも吹きよらでただに過ぎぬる笛の音ぞ憂き
笛の音がちょうど秋風のように聞こえるのに、どうしてをぎの葉は「そよ」と返事をしないのか
と言うと、(姉は)「本当に(そうね)」と言って、
荻の葉が(呼びかけに)答えるまでも吹きよらないで、そのまま(家を)通り過ぎてしまった笛の音がつらい【情けない】

