〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。
ありもつかず、いみじうもの騒がしけれども、いつしかと思ひしことなれば、「物語もとめて見せよ、物語もとめて見せよ」と、母をせむれば、三条の宮に、親族なる人の、衛門の命婦とてさぶらひける、尋ねて、文遣りたれば、めづらしがりてよろこびて、御前のをおろしたるとて、わざとめでたき冊子ども、硯のはこのふたに入れておこせたり。うれしくいみじくて、夜昼これを見るよりうちはじめ、またまたも見まほしきに、ありもつかぬ都のほとりに、たれかは物語もとめ見する人のあらむ。
更級日記
現代語訳
落ち着かず、たいそう何かとあわただしけれども、「早く(物語を読みたい)」と思い続けてきたことなので、「物語を求めて見せて。物語を求めて見せて」と、母にせがむと、三条の宮のところに、親族である人で、衛門の命婦としてお仕えしている人を、尋ねて、手紙を送ったところ、すばらしいと思って喜んで、三条の宮の(持ち物)をいただいたと言って、格別に立派な草紙を何冊も、硯箱の蓋に入れて送ってきた。嬉しく並々でない気持ちで、夜も昼もこれを見ることからはじまって(きっかけに)、もっともっと(他の物語を)見たいと思ったが、落ち着くまもない都の片隅で、誰が物語を探して見せてくれる人があろうか。いや、いない。
ポイント
わざと 副詞
「わざと」は、「態と」という副詞です。
「わざわざ・ことさらに」「格別に・特別に」「本格的に・正式に」などと訳します。
現代語だと「意識的に・意図的に」という意味になりがちですが、古語では「ことさらに・特別に」というニュアンスが強いです。
めでたし 形容詞
「めでたき」は、シク活用の形容詞「めでたし」の連体形です。
「すばらしい」と訳しておけばだいたい通用しますが、文脈に合わせて、「立派だ」「見事だ」というコンパクトな訳にすることも可能です。
「愛づ」+「甚し」で「めでたし」となりました。
「たいそう賞賛すべきもの」というニュアンスであり、古文ではかなりの誉め言葉です。
おこす 動詞
「おこせ」は、サ行下二段活用動詞「おこす」の連用形です。「遣す」と書きます。
「遣る(むこうに送る)」と反対方向になる動詞で、「おこす」は「こちらによこす・送ってくる」と訳します。
「遣唐使」「派遣」などの語句から類推できるように、「遣」は「行かせる・つかわす」という意味です。
「やる」と「おこす」は、両方ともこの漢字を用いるのですが、「こちらから送る」なら「やる」で、「あちらから送ってくる」のであれば「おこす」を使用します。