いとむつかしう心もとなくはべればなむ参りつる。(大和物語)

〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。

おなじ季縄の少将、病にいといたうわづらひて、すこしをこたりて内にまゐりたりけり。近江の守公忠の君、掃部の助にて蔵人なりけるころなりけり。その掃部の助にあひていひけるやう、「みだり心地はまだおこたりはてねど、いとむつかしう心もとなくはべればなむ参りつる。のちはしらねど、かくまではべること。まかりいでて明後日ばかり参りこむ。よきに奏したまへ」などいひ置きてまかでぬ。

大和物語

現代語訳

おなじ(藤原)季縄の少将が、病にたいそう苦しんで、少し快方に向かって宮中に参上した。それは、近江の守である(源)公忠が、掃部の次官で、蔵人であったころであった。その掃部の助【源公忠】に会って、季縄の少将が言ったことには、「病気は治りきっていないが、たいそう嫌な感じでじれったくございますので参上した。これからのことはわからないが、まず参上したまでのことです。(本日は)これで退出して、明後日くらいに(また)参上しよう。よく(天皇に)お申し上げください」と言い置いて、(宮中から)退出した。

ポイント

いと

「いと」は、副詞です。

肯定文なら「たいそう」、否定文なら「それほど(~ない)」と訳します。

むつかし 形容詞(シク活用)

「むつかしう」は、形容詞「むつかし」の連用形(ウ音便)です。

「むつかし」は、「嫌な感じだ」「不快だ」などと訳します。

「むつかる」という類語の動詞もあります。

現代でも「子どもがむつかる(むずがる)」などと言いますね。

「むずむずする」という慣用表現にもなっています。

さて、ここでは「むつかしう心もとなし」となっていますが、「むつかしう」は、「心もとなし」に係っていくのではなく、さらにその下の「はべれ」に係っている状態です。

むつかしう → はべれ
心もとなく → はべれ

というように、「むつかし」と「心もとなし」が並列関係になっています。

現代語でも、「くやしく悲しく思う」などと言った場合、「くやしく」は「悲しく」に係っているわけではありません。「くやしく」も「悲しく」も「思う」に係っている状態です。

心もとなし 形容詞(ク活用)

「心もとなく」は形容詞「心もとなし」の連用形です。

「心」の「許(置き所)」がない状態を表すので、「不安だ」「じれったい」「待ち遠しい」などと訳します。

(「心」に「根拠がない・わけもない」という意味の「もとな」がついたという説もあります)

はべり 動詞(ラ行変格活用)

「はべれ」は、動詞「はべり」の已然形です。

謙譲語丁寧語の可能性がありますが、補助動詞として使用している場合は丁寧語です。

ここでは、「むつかし」と「心もとなし」のどちらにもついているような状態です。

嫌な感じで、じれったくございます

などと訳せばよいでしょう。

ば 接続助詞

「ば」は、未然形につくときは「仮定的」に訳します。

已然形につくときは「確定的」に訳します。

ここでは已然形についていますので、「~ので、」「~すると、」などと訳しましょう。

参る 動詞(ラ行四段活用)

「参り」は、動詞「まゐる」の連用形です。

本動詞の場合、多くは「参上する」と訳します。

つ 助動詞

「つる」は、完了の助動詞「つ」の連体形です。

完了の「つ」

未然形 連用形 終止形 連体形 已然形 命令形
 て / て / つ /つ る/つ れ/て よ

文中に係助詞の「なむ」があるので、係り結びの法則により、連体形になっています。