形容詞・形容動詞は「語幹」の独立性が強く、「語幹」だけででいろいろなはたらきをします。
代表的なものを見ておきましょう。
その前に「シク活用形容詞」の「語幹」の扱いについてふれておきます。
シク活用形容詞の語幹について
最初にひとつ注意点があります。
「シク活用」の形容詞は、「活用表」の「語幹」のところには「○○し」の「○○」までしか入れないのですが、「語幹用法」では「○○し」を語幹とみなします。
たとえば、「うつくし」であれば、「活用表」の「語幹」のところには「うつく」までしか書かないのですが、「語幹用法」では「うつくし」を語幹とみなします。
これについては、主に次の2つの考え方があります。
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(1)そもそも「うつくし」が語幹なのだが、そうすると活用表の「終止形」のところが空欄になってしまうので、表においては仕方なく「うつく」までを語幹としている。つまり、「うつく」となっているのは「活用表の便宜」のためであり、「語幹」は「うつくし」なのである。
(2)語幹は「うつく」なのだが、いわゆる「語幹用法」は例外的に「終止形」と語幹が同等になる。つまり、シク活用形容詞については、本来であれば「語幹用法」とはいえない。しいて言えば「語幹用法に準ずる終止形用法」である。
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この議論には決着がついていませんが、いわゆる「語幹用法」において、「シク活用」は「○○し」全体(終止形と同形)が語幹扱いになると考えておきましょう。
主な語幹用法
(1)感動詞「あな」+形容詞・形容動詞の語幹(+間投助詞「や」)
ワンセットでひとつの感動詞のような表現になります。
あな憂 (憂し)
あなかしこ (かしこし)
あな憎や (憎し)
あな幼や (幼し)
あなゆゆし (ゆゆし)
あないみじ (いみじ)
あなめづらか (めづらかなり)
あなむざんや (むざんなり)
といったものですね。
「いみじ」や「ゆゆし」は、「シク活用形容詞」なので、「ーし(じ)」まで「語幹扱い」です。
訳はどれも「ああ」「あら」「まあ」などをつけておけばよいのですが、最後に「なあ」とか「よ」とかを付けて、心が強く動かされている感じを出してもOKです。
これについては、「あな」がなくても、セリフや心内文において、「をさな、」「めづらか。」といったように、「語幹のみ」で用いられていたら、感動の強さを示しているといえます。
いまでも、
「寒!」とか「痛!」とか言うもんね。
(2)形容詞・形容動詞の語幹+助詞「の」
連体修飾語になります。
をかしの御髪 (をかし)
むげの事 (むげなり)
おぼろけの心 (おぼろけなり)
といったものです。
(3)形容詞・形容動詞の語幹+接尾語
別の品詞になります。
寒(し)+さ → さむさ【名詞】
赤(し)+み → あかみ【名詞】
寒(し)+がる → さむがる【動詞】
清(し)+げなり → きよげなり【形容動詞】
悲し+さ → かなしさ【名詞】
悲し+み → かなしみ【名詞】
悲し+がる → かなしがる【動詞】
悲し+げなり → かなしげなり【形容動詞】
といったように、別の品詞になります。
「さむし」「あかし」「きよし」などは「ク活用」なので「し」が取れますが、「悲し」は「シク活用」なので「かなし」が語幹の扱いです。
(4)形容詞の語幹+「み」
名詞(+を)+ 形容詞の語幹 + み
というセットで、原因・理由を表す構文になります。
瀬を はや み (川の浅いところの流れが速いので)
潟を な み (干潟がないので)
空 寒 み (空が寒いので)
といったパターンです。和歌特有の表現ですね。
例文
いで、あな心憂。これ仰せられよ。あな頭いたや。いかでとく聞きはべらむ。(枕草子)
おやまあ、ああ情けない【つらい】。これ(のわけを)おっしゃってよ。ああ頭が痛い。なんとかしてすぐに聞きましょう。
「こころうし」の語幹「こころう」が、「あな」とセットで用いられています。
いで、あな幼や。言ふかひなくものしたまふかな。(源氏物語)
(訳)いやはや、まあ幼いことよ。たわいなくていらっしゃるものだなあ。
「をさなし」の語幹「をさな」が、「あな」とセットで用いられており、最後に「や」がついています。
かぐや姫は「あなうれし」と喜びてゐたり。(竹取物語)
(訳)かぐや姫は「ああうれしい」と喜んでいる。
「シク活用形容詞」の「語幹用法」は、「ーし」まですべて入ります。
つまり、見た目上は終止形と同じ形になります。
あなにくの男や。(枕草子)
(訳)ああ気に入らない男だなあ。
「憎し」の語幹用法です。
(1)と(2)の用法が同時に起きているパターンですね。
「そこらの御中にもすぐれたる御心ざしにて、並びなきさまに定まり給ひけるも、いとことわり」と思ひ知らるるに、(源氏物語)
(訳)「大勢の御方の中でも勝っている(源氏からの)ご寵愛で、並ぶ者がいない様子に(紫の上が)おちつきなさったのも、本当にもっともなこと」と思い知らされるが、
「ことわりなり」の語幹「ことわり」だけを用いています。
感動詞「あな」ではなく、副詞「いと」とセットになっていますが、構造的には同じようなものです。
「あな」や「いと」といった強調句のようなものがついていなくても、「形容詞・形容動詞」の「語幹」が単独で用いられている場合、「強く心が動かされること」を示していると考えられます。
勢い猛の者になりにけり。(竹取物語)
(訳)勢力がたけだけしい者【富豪】になった。
形容動詞「猛なり(まうなり)」の語幹「猛」に助詞「の」がついて、連体修飾語として用いられています。
瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ (詞花和歌集)
(訳)川の浅いところの流れが速いので、岩によってせき止められる(そして二つに分かれたのちにまた巡り合う)滝川のように、(あなたと)離れ離れになってもいつかは、きっと逢おうと思う。
名詞(+を)+ 形容詞の語幹 + み
のセットで、「原因・理由」を示す構文です。