「給ふ」の下二段活用の用法 ― 対者敬語として用いる謙譲語 ―

下二段活用の「たまふ」

古文に出てくる「たまふ」は、ほとんどが「四段活用」の「尊敬語」ですが、まれに「下二段活用」の「給ふ」が出てくるので、注意が必要です。

「下二段活用」の「給ふ」は「謙譲語」として用いられます。

「たまふ」には二種類の活用があるということか。

【四段活用】

〈語幹〉未然形 連用形 終止形 連体形 已然形 命令形
〈たま〉 は / ひ / ふ / ふ / へ / へ

ほとんどの「たまふ」はこの「四段活用」になります。

【下二段活用】

〈語幹〉未然形 連用形 終止形 連体形 已然形 命令形
〈たま〉 へ / へ / ふ /ふ る/ふ れ/へ よ

たまに、この「下二段活用」の「たまふ」が出てきます。

これは見分けられないぞ。

「下二段活用」の「たまふ」は、分類上は「謙譲語」ですが、中古の使用例はふつうの謙譲語とはちょっと異なるものです。使用の仕方は限定的なので、パターンを覚えてしまうといいですね。

特性

「下二段活用」の「給ふ」は、以下の特性を持ちます。

(1) 謙譲語である。
(2) 謙譲語Ⅱ(丁重語)に分類される。(丁寧語とする説もある)
(3) 本動詞の用法はほとんどない。(平安以降は補助動詞のみ)
(4)「思ふ」「見る」「聞く」「知る」にしかつかない。
(5) 会話文と手紙文にしか用例がない。
(6) 原則的に表現者自身の行為を示す。
(7) 複合動詞に付く場合、二語の間に入る。(「思ひたまへ出づ」など)

分類上は「謙譲語」です。

ただし、ふつうの謙譲語は、「客体敬語」とか「補語尊敬語」などと言いまして、「~に」「~を」「~より(から)」といった「補語(目的語含む)」に敬意を示すものです。

ところがこの「下二段活用」の「たまふ」については、たとえば「思ひたまふ」などと表現したときに、「行為における客体(「~に」「~を」「~より(から)」に該当する存在)」が「敬意を示すような対象ではない」ケースや、「行為における客体そのもの」が「判然としない」ケースがけっこう出てきます。

そのような場合の「謙譲語」は、「客体敬語(補語尊敬語)」とはいいがたいものです。どちらかというと「かしこまり・へりくだりの言葉遣い」をすることで、会話そのものを「丁重な表現」にしている用法だと考えられます。

そういった場合、「敬意の行き先」は、しいていえば「会話の相手」になるので、これを通常の「謙譲語」と区別し、「謙譲語Ⅱ」とか「丁重語」などと呼ぶことがあります。

下二段活用の「たまふ」を補助動詞にもつ

「思ひたまふ」
「見たまふ」
「聞きたまふ」
「知りたまふ」

といった表現は、「行為としての客体」が不明瞭であったり、敬意を示す対象ではなかったり、いずれにしても「通常の謙譲語」とは少々異なる使い方になっています。

これらは、「かしこまり・へりくだり」の表現を用いることで、しいて言えば「会話の相手」「手紙の読み手」への敬意を示していると考えられます。実際、「下二段活用」の「たまふ」は、中古では「会話文」「手紙文」でしか用いられません。

「謙譲語Ⅱ(丁重語)」というのは、「丁寧語」に性格が似ていることもあり、「~ております」といったように、丁寧語のような訳し方をしても大丈夫です。

それぞれ、具体的には次のように訳します。

「見たまふ」 →「拝見する」「見させていただく」「見ております」など
「聞きたまふ」→「拝聴する」「聞かせていただく」「聞いております」など
「思ひたまふ」→「思っております」「存じます」「思わせていただく」など
「知りたまふ」→「知っております」「存じ上げる」など

いくつか例文を挙げておきましょう。

例文

主人の女ども多かりと聞きたまへて、(源氏物語)

(訳)主人の娘たちが大勢いると聞かせていただいて【拝聴して】、

申さむと思ひたまふるやうは、(大和物語)

(訳)申し上げようと存じます思っております】ことは、

尋ねきこえまほしき夢を見たまへしかな。(源氏物語)

(訳)お尋ね申し上げたい(と思う)夢を見させていただいたよ。【拝見したよ・見ましたよ】

みづからおこたると思ひ給ふること侍らねど、(栄花物語)

(訳)自分では過失を犯すと存じます思っております】ことはありませんが、

かしこに、いとせちなる見るべきことの侍るを、思ひたまへ出でてなむ。(源氏物語)

(訳)あそこに、ぜひどうしても見なければならないことがございますのを、思い出させていただいて。【思い出しまして】

この例文は、「思ひ出づ」という複合語の間に下二段活用の「たまふ」が混入している用法です。

下二段の「たまふ」は、複合語につく場合、こんなふうに「間」に入ります。

下二段活用の「給ふ」は、このように、使用される状況がかなり限定されるので、いくつかの例文を覚えてしまったほうがはやいですね。