検非違使忠明 『今昔物語集』 現代語訳

「検非違使(けびいし)」とは、平安時代初期に置かれた令外官です。

最初は都での殺人事件・強盗事件の犯人を逮捕する仕事をしていましたが、そのうち、訴訟関係も取り扱い、裁判も行いました。そのため、平安時代には大きな権力を持ちました。

しかし、平安時代後期に武家が台頭してくると、権力が衰えていき、鎌倉時代にはあまり重要な役割を持ちませんでした。

これも今は昔、~

これも今は昔、忠明といふ検非違使ありけり。若男にてありける時、清水の橋殿にして京童部どもといさかひをしけり。

これも今となっては昔のことだが、忠明という検非違使がいた。若者であった時、清水寺の橋殿で京の若者たちとけんかをした。

「今は昔」は、「今この瞬間こそ昔そのものである」という意味であり、訳しようがないという考え方もありますが、学校の試験的には「今となっては昔のことだが」と訳しておいたほうが無難です。

京童部、~

京童部、刀を抜きて、忠明を立てこめて殺さむとしければ、忠明も太刀を抜きて、御堂の方ざまに逃ぐるに、御堂の東の端に、京童部あまた立ちて向かひければ、その傍にえ逃げずして、しとみのもとのありけるを取りて、脇に挟みて、前の谷へ躍り落つるに、蔀のもとに風しぶかれて、谷底に鳥のゐるやうに、やうやく落ち入りにければ、そこより逃げて往にけり。京童部ども谷を見下ろして、あさましがりてなむ立ち並みて見ける。

京の若者は、刀を抜いて、忠明を閉じ込めて殺そうとしたので、忠明も太刀を抜いて、本堂のほうに上ると、本堂の東の端にも、京童部が大勢立って(忠明に)向かったので、そちら側には逃げることができずに、蔀の下側があったのを取って、脇にはさんで、前の谷へ飛び降りると、蔀の下に風が滞って、谷底に鳥がとまるように、ゆっくりと落ちたので、そこから逃げて去った。京童部たちは谷を見下ろして、驚きあきれて、立ち並んで見た。

「蔀」というのは、格子のついた板戸のことです。

モモンガみたいにスイ―っと落ちていったのですね。

忠明、~

忠明、京童部の刀を抜きて立ち向かひける時、御堂の方に向きて、「観音助け給へ。」と申しければ、ひとへにこそそのゆゑなりとなむ思ひける。忠明が語りけるを聞き継ぎて、かく語り伝へたるとや。

忠明は、京の若者たちが刀を抜いて立ち向かってきた時、本堂のほうに向いて、「観音、お助けになれ。」と申し上げたので、ひたすらこれは【助かったのは】そのおかげであると思った。忠明が語ったのを聞き継いで、このように語り伝えているということだ。

忠明は、「ただあきら」と読む教材もあれば、「ただあき」と読む教材もあります。