そぞろに長者が財を失はんとは何しに思し召さん。(宇治拾遺物語)

〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。

(帝釈天は長者に化け、貪欲な長者の宝物を周囲の者に配ってしまった。仏の前に行くと帝釈は正体を表し、長者からは欲心がなくなる。)

かやうに帝釈は人を導かせ給ふ事はかりなし。そぞろに長者が財を失はんとは何しに思し召さん。慳貪の業によりて地獄に落つべきを哀ませ給ふ御志によりて、かく構へさせ給ひけるこそめでたけれ。

宇治拾遺物語

現代語訳

このように帝釈天は人をお導きになることが計り知れない。むやみやたらに長者の財を無くそうとは、どうしてお思いになるだろうか、いや、お思いにならない。慳貪の業【財を惜しむ悪業】によって、地獄に落ちるはずのことを哀れにお思いになる御心持ちによって、このようにおはかりになったことはすばらしい。

ポイント

そぞろなり/すずろなり 形容動詞(ナリ活用)

「そぞろに」は、形容動詞そぞろなり」の連用形です。

「すずろなり」とも書きます。

「漫」は、かちっとしっかりせず、しまりがなく存在していることなので、「目的がない」「理由がない」「計画がない」といった意味合いを持ちます。

「あてもない」というのが中心的な意味ですが、連用形で用いられると、訳としては「むやみに○○」「むやみやたらに○○」とすることが多くなります。

何しに 連語

「何しに」は、副詞「なに」+サ変動詞「す」+格助詞「に」の連語です。

「何をしに」ということですが、目的を問う表現として、訳としては「何のために」「どうして」とすることが多いです。

反語で使用されることも多く、その場合、「どうして〜か、いや、〜ではない」という意味になります。

疑問なのか反語なのかは、前後の文脈で判断しましょう。

ここでは「反語」になります。帝釈天の「導き計画」のすばらしさを語っている場面ですので、「長者のものをむやみに捨てようと思うはずがない」という「語り手の主張」を述べていることになります。

思し召す 動詞(サ行四段活用)

「思し召さ」は、敬語動詞「思し召す」の未然形です。尊敬語です。

尊敬語「思す(おぼす)」に、尊敬語「召す」がついた動詞です。

単体の「おぼす」よりも、敬意のレベルが高い表現であり、身分の高い存在に使用します。

高い地位の人物であれば用いられるので、天皇級のみに使用する「最高敬語」とまでは言えませんが、ほぼそれに近い表現になっています。「準最高敬語」という感じです。

ん 助動詞

「ん」は、助動詞「ん(む)」の連体形です。

ここでの意味は「推量」です。

「など」「いかに」といった「疑問の副詞」がある場合、それと呼応するかたちで結びは連体形になります。