こひすてふ わがなはまだき たちにけり ひとしれずこそ おもひそめしか
和歌 (百人一首41)
恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか
壬生忠見 『拾遺和歌集』
歌意
恋をしているという私のうわさは早くも立ってしまったのだなあ。人に知られないように思いはじめたのに。
作者
作者は「壬生忠見」です。三十六歌仙のひとりです。
お父さんは「壬生忠岑」です。
「ただみね」の息子が「ただみ」なの?
そうです。
同じ職場ではたらいていたら混乱があるよね。
電話がかかってきたときとか。
ああ~。
どっちが呼ばれているのかわからないやつですね。
でも平安時代は名前ではなく、だいたい官職の名称などで呼ばれますので、それは大丈夫でしょう。
ところで、この歌は「平兼盛」の歌と競い合ったものとして有名です。兼盛の歌とそのエピソード(沙石集)はこちら。
ポイント
恋すてふ
「恋す」+「と」+「いふ」がつまった表現です。
「恋しているという」ということですね。
わが名はまだき
「まだき」は、「早くも」「もう」という副詞です。
立ちにけり
「立つ」+助動詞「ぬ」+助動詞「けり」です。
ここでの「ぬ」は「完了」です。
「けり」は、「過去」「詠嘆(気づき)」の意味がありますが、和歌中の「けり」は基本的に「詠嘆(気づき)」で解釈しましょう。
人知れずこそ
「ず」は「打消」の助動詞です。
「こそ」は「係助詞」です。
思ひそめしか
「そめ」は「初め」であり、「はじめる」ということです。
「しか」は、過去の助動詞「き」の已然形です。
「こそ」の結びとして已然形になっていますね。
「こそー已然形」は、後ろに文が続くのであれば「逆接」になりやすくて、そこで文が終わっていても、「余韻」みたいな効果があるんだったね。
そうですね。
そもそも「已然形」というものが「前提条件」になりやすい表現で、その部分を「こそ」で強調することによって、「前提条件」と「その結果(後件)」の「落差」が表現されやすくなります。
そのことから、「こんなにやったけど/だめだった」というような「逆接構文」を作りやすくなります。
この歌の場合も、上の句と下の句をひっくりかえしてみると、
人知れずこそ 思ひそめしか / 恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり
という「逆接構文」になっていることがわかります。