むくつけし 形容詞(ク活用)

こわいものがむくむくと・・・

意味

(1)(鬼や物の怪などが)不気味だ・気味が悪い・不気味なほど恐ろしい

(2)(常識とは異なる人の行動が不気味なほど)恐ろしい

(3)(不気味なほど・恐ろしいほど)無風流だ・無骨だ

ポイント

「むく」ということばが、「不気味なもの・様子」を示していると言われます。

たとえば、「むく」に「めく」がついた「むくめく」は、「(虫や蛇などが)不気味に動いている」ことを意味しています。

また、「むく」を2つ重ねた「むくむくし」は、「なんとも気味が悪い」「あまりにも不気味」といった意味になります。

「むくつけし」の場合は、「理解ができないために、恐ろしくて気味が悪い」というニュアンスが強いです。「正体不明」なものに対して「なんだかゾッとするな……」と思うときに使いますね。

現代語の若者ことばでいうと、「キモッ!」とか「キッショ!」みたいなもんかな。

文脈によってはそんな感じのときもあります。

ただ、どちらかというと、寒気がするような「薄気味悪さ」に使うことが多いですね。

「お化け屋敷に入った瞬間の気持ち」みたいなイメージです。

ああ~。

「何かいそう……、何か出そう……」みたいな不気味さなんだな。

「むくつけ」の「つけ」の語源がよくわからないのですが、「むくつけなり」という形容動詞もありますし、実際の使用例などから推察すると、「け」は「気配」の「け」なんじゃないかと思うんですよね。

「何か不気味なものがいそうな気配(雰囲気)がある……」というニュアンスです。

ちょっと古い小説なんかだと、現代文でも「むくつけき男」なんて出てくるよね。

その場合は、「無骨」「無作法」「無風流」「野暮」などの意味で使用していることがありますね。

「むくつけし」は、「鬼」とか「物の怪」みたいなものに使用しやすいと言ったのですが、文脈的に「ちょっと普通と違う人」「いつもとは違う意味不明な行動」に対して使用していることもあるんですね。

その場合、「鬼」や「物の怪」に対してよりは、「不気味さ」のグレードがけっこう下がりますよね。

ああ~。

たしかに、「鬼」や「物の怪」に使うような言い方で「キモっ!」「キッショ!」って言っちゃうと、「ちょっと普通と違う人」は傷つくよね。

そうですね。

その場合は、「普通の人」「常識的なふるまい」からはズレていて、違和感があるという程度の「不気味さ」を意味しています。

そのように、「常識的な作法」とか「風流な態度」とかを持ち合わせてないために、「次に何をしはじめるのかわからない」感じがする人を「むくつけし」と表現することがあります。

そういう場合は、「無骨だ」「無風流だ」などと訳すのがいいですね。

たとえば、平安時代末期から鎌倉時代にかけての「関東武士」などは、「京の貴族」からしてみると、まさに「むくつけし」だったと思いますよ。

熊谷次郎直実あたりを、「むくつけき男」のイメージでとらえておくといいと思います。

熊谷直実 ―日本一の剛の者 平敦盛討ち取って 思うところあり出家した―
熊谷直実(法力房蓮生) くまがいなおざね(ほうりきぼうれんせい) 平安時代末期か...

ああ~。

京では当然とされる「作法」にとらわれてなくて、「次に何をするかわからない」様子って、無骨で無風流な感じするもんな。

例文

むくつけきこと、人の呪ひごとは、負ふものにやあらむ。(伊勢物語)

(訳)不気味なほど恐ろしいこと、人の呪いごとは、身にふりかかるものであろうか。

むくつけき心のうちに、いささか好きたる心まじりて、容貌かたちある女を集めて見むと思ひける。(源氏物語)

恐ろしいほど無骨な心の中に、わずかに好色な心がまじって、姿かたちのよい女を集めて妻にしようと思った。