帝の御おきて、きはめてあやにくにおはしませば、(大鏡)

〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。

この大臣【左遷された菅原道真】は、子どもあまたおはせしに、女君たちは婿取り、男君たちはみな、ほどほどにつけて位どもおはせしを、それも皆方々に流されたまひてかなしきに、幼くおはしける男君・女君たち慕ひ泣きておはしければ、「小さきはあへなむ。」と、朝廷も許させ給ひしぞかし。帝の御おきて、きはめてあやにくにおはしませば、この御子どもを、同じ方につかはさざりけり。方々にいと悲しく思し召して、御前の梅の花を御覧じて、

   東風こち吹かばにほひおこせよ梅の花あるじなしとて春な忘れそ

大鏡

現代語訳

この大臣(道真)は、子どもがたくさんいらっしゃったが、女君たちは婿を取って、男君たちはみな、それぞれ官位がおありだったが、それもみな方々に流されなさって悲しいうえに、幼くていらっしゃる男君、女君たちは(道真を)慕って泣いていらっしゃったので、「小さい者はきっとさしつかえないだろう。」と、朝廷もお許しになったのだよ。天皇の道真への)お取り決め(ご処置)は、非常に厳しくいらっしゃったので、このお子様たちを、(道真と)同じ方面につかわさなかった。(道真は)どれもこれもたいそう悲しくお思いになって、お庭の前の梅の花をご覧になって、

   春の東風がふいたら 匂いを届けてくれ 梅の花よ
   主人がいないからといって 春を忘れないでくれ

ポイント

御 接頭語

「御」は接頭語です。下に付く名詞に尊敬の意味を付け加えます。基本的には、天皇・上皇の行為や持ち物につきます。

「大御」からきており、「御」のみでも「おほん」と読みます。そのうち、「おん」「お」「ご」「み」など、下につく語によっていくつかの読み方をするようになりました。

訳は、「ご〇〇」「お〇〇」「み〇〇」などをつければそれでよいのですが、つけにくい場合は、「〇〇をしなさる」といったように、尊敬表現を下におろしても大丈夫です。

ちなみに、現代では「御御御付」を「おみおつけ」と読んだりしますね。

おきて 名詞

「おきて」は、名詞「掟」です。

動詞「おきつ」と同根の語です。

「おきつ」は、もともと「置きつ」であり、「神仏」や「権力者」が、物事の流れや人物の配置などを「適切なところに据える」ということです。

そのことから、「取り決め」「指示」「計画」「予定」「宿命」など、様々な意味になります。

ここでは、「醍醐天皇」による「菅原道真」についての「御おきて」なので、「お取り決め」「ご指示」「ご処置」などと訳すことになります。

あやにくなり 形容動詞(ナリ活用)

「あやにくに」は、形容動詞「あやにくなり」の連用形です。

感動詞「あや」+「憎」+「なり」による形容動詞です。

予想や期待に反して、ちょっといやなことが発生するときに「あやにくなり」と言うことが多いですね。

「ええ~! 予想と違う」「ああ~! 期待に反してる」といったイメージです。

そのことから、「都合が悪い」「あいにくだ」などと訳します。

この例文のように、ある人物の行為が、周囲の予想や期待に反して悪い方面に度を越している場合には、「意地悪だ」「厳しい」「無慈悲だ」などと訳します。

おはします 敬語動詞(サ行四段活用)

「おはしませ」は、敬語動詞「おはします」の已然形です。

訳は「おはす」と同じで「いらっしゃる」「おありになる」というものです。

敬意の比重としては、「おはす」よりも「おはします」のほうが高く、皇族など、身分が非常に高い人物の行動に用いられやすいです。

ここでは、醍醐天皇の「お取り決め」に対して「おはします」が用いられています

大きく見れば、「醍醐天皇」への敬意ということになりますね。

「おはしませば」というように、「已然形+ば」になっているので、確定条件として訳します。