かつてあったこと
意味
例
(1)先例・前例
(2)いつも・ふだん・平素
(3)普通・通常
例の
(1)いつもの・あの
(2)いつものように
例ならず
(1)いつもと違う・普通と違う
(2)具合が悪い・病気である・妊娠している
ポイント
「例」は、根本的には「かつてあったこと」という意味です。そのことから、端的に訳せば「先例」「前例」となります。
慣用的には、「例の」というかたちで「いつもの」と訳すことが多いです。
話し手と聞き手のあいで共通認識されている「前のこと」を持ち出す場合には、「あの」と訳してもいいですね。
現代語でも、
「社長、例の件ですが……」
なんて言うもんね。
そうですね。
「(前にお話しした)あの件ですが……」という意味合いですね。
なお、「例」に断定の助動詞「なり」と、打消の助動詞「ず」をつけると、「例ならず」になります。
「例ならず」は、「いつも」や「普通」を打ち消しているわけなので、「いつもと違う」「普通と違う」などと訳せばいいことになります。
文脈上、「いつもと違うからだの具合=病気だ」と訳すこともあります。「いつもと違うからだの具合」が、「妊娠」を意味していることもあります。
例文
かぐや姫れいも月をあはれがりたまへども、(竹取物語)
(訳)かぐや姫はふだんも月を感慨深く眺めていらっしゃるが、
昼は日一日、例の行ひをし、夜は主の仏を念じたてまつる。(蜻蛉日記)
(訳)昼は一日中、いつもの仏道修行をして、夜は本尊の仏をお祈り申し上げる。
心のなし、目のうちつけに、れいの猫にはあらず、(更級日記)
(訳)気のせいか、ちょっと見たところ、普通の猫のようではなく、
れいの狩りしにおはします供に、(伊勢物語)
(訳)いつものように狩りをしにいらっしゃるお供に、
「いつもの狩り」と考えることもできますが、この文脈では、「いつものように(狩りを)しにいらっしゃる」というように、連用修飾語として考えるほうが一般的です。
雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子参りて、
(雪がたいそう高く降り積もったのに、いつもとは違って御格子を降ろし申し上げて、
女院御心地例ならずわたらせ給ひしかば、(平家物語)
(訳)女院【建礼門院】は、ご様子がいつもとは違い病気でいらっしゃったので、
「わたる」はもともと「移動する」という意味ですが、「わたりたまふ」「わたらせたまふ」という表現になると、「あり」「をり」の尊敬語のようなはたらきをして、「おありになる」「いらっしゃる」「~ていらっしゃる」などと訳すことがあります。