〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。
神無月のころ、栗栖野といふ所を過ぎて、ある山里に尋ね入ること侍りしに、遥かなる苔の細道を踏み分けて、心細く住みなしたる庵あり。木の葉に埋もるる懸樋の雫ならでは、つゆおとなふものなし。閼伽棚に菊・紅葉など折り散らしたる、さすがに住む人のあればなるべし。かくてもあられけるよと、あはれに見るほどに、かなたの庭に、大きなる柑子の木の、枝もたわわになりたるが、周りをきびしく囲ひたりしこそ、少しことさめて、この木なからましかばと覚えしか。
徒然草
現代語訳
(陰暦)十月のころ、栗栖野という所を通り過ぎて、ある山里に分け入ることがございましたが、遥かに続く苔の細道を踏み分けて(行くと)、もの寂しい様子で住んでいる庵がある。木の葉に埋もれる懸樋の雫(の音)以外には、まったく音を立てるものない。閼伽棚に菊や紅葉などを折って無造作に置いているのは、そうはいってもやはり住む人がいるからだろう。このようにしても(住んで)いることができるのだなあと、しみじみ感慨深く見るうちに、向こうの庭に、大きな柑子の木で、枝もたわわに(実が)なっているもの、周りを厳重に囲ってあったのは、少し興ざめして、この木がなかったなら(よかったのに)と思った。
「そうはいっても」の「そう」は、前の部分を広く受けているので、「人気がないとはいってもやはり」とか「音もなくものさびしいとはいってもやはり」などと訳すこともできます。
ポイント
さすがに 副詞(形容動詞の連用形)
「さすがに」は、副詞です。前の出来事を「それはそうだ」と認めつつも、「そうではない/そうもいかない」ことについて言及するときに使用します。
そのため、「そうはいってもやはり」と訳すことが多いです。
ば 接続助詞
「ば」は、接続助詞です。
「未然形+ば」は、仮定条件であり、「(もし)~ならば・すれば」などと訳します。
「已然形+ば」は、確定条件であり、「~ので(から)」「~すると」などと訳します。
ここでは「あり」の已然形「あれ」についているので、「確定条件」になります。
文脈的には、「住む人がいるから ⇒ 閼伽棚に菊や紅葉を折って無造作に置いてある」という「因果関係」を示していることになるので、「いるので」「いるから」などと訳せるといいですね。
なり 助動詞
「なる」は、断定の助動詞「なり」の連体形です。「である」「だ」などと訳します。
断定の「なり」は、通常は「体言」か「活用語の連体形」につきます。
ここでは「あれば」の後ろにありますが、意味的には「折り散らしたる」の後ろについているようなものですね。
べし 助動詞
「べし」は、助動詞「べし」の終止形です。ここでは「推量」の意味です。
「べし」は通常「終止形」につきますが、「ラ変型」の活用語の場合には「連体形」につきます。
要するに、「ウ段」の音にしか接続することができないということです。