かくまでやつしたれど、見にくくなどはあらで、いと、さまことに、あざやかにけだかく、はれやかなるさまぞあたらしき。(堤中納言物語)

〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。

簾をおし張りて、枝を見はりたまふを見れば、かしらきぬ着あげて、髪も、さがりば清げにはあれど、けづりつくろはねばにや、しぶげに見ゆるを、眉いと黒く、はなばなとあざやかに、涼しげに見えたり。口つきも愛敬あいぎやうづきて、清げなれど、歯黒めつけねば、いと世づかず。「化粧けさうしたらば、清げにはありぬべし。心憂くもあるかな」とおぼゆ。かくまでやつしたれど、見にくくなどはあらで、いと、さまことに、あざやかにけだかく、はれやかなるさまぞあたらしき。練色の、あやうちきひとかさね、はたおりめの小袿こうちきひとかさね、白きはかまを好みて着たまへり。

堤中納言物語

現代語訳

簾を押し張って(身を乗り出して)、枝を大きく見開いた目でご覧になっているのを見ると、頭に着物をかぶるように着て、髪も、額髪の下がっているあたりは美しく見えるけれど、(櫛で)毛づくろいをしないためであろうか、ぼさぼさに見えるが、眉はたいそう黒く、鮮やかに際立って、涼しそうに見える。口もともかわいらしく、美しく見えるが、お歯黒をつけないので、それほど色気がない。「化粧をしたら、きっと美しいだろう。残念に思うことだなあ」と思われる。これほどまで身なりをみすぼらしくしているけれど、見苦しくなどはなくて、たいそう、格別に、際立って気品があり、すっきりしている様子がもったいない【惜しい】。練色の【薄黄色の】、綾の【綾織の】袿を一重、こおろぎ模様のの小袿を一重、(そして)白い袴を好んで着ていらっしゃる。

前後のお話はこちら。

ポイント

やつす 動詞(サ行四段活用)

「やつし」は、動詞「やつす」の連用形です。

「やつる」の他動詞型で、「身なりをみすぼらしくする」「目立たないようにする」という意味になります。

「出家する」ことも「やつす」ということがあります。「貴族の豪華な衣装」から「僧の簡素な衣装」に変わるからですね。

さて、この文脈ですと、直前の描写から、髪も眉も整えず、お歯黒もしていないことがわかります。つまり、「貴族の姫君」のような身だしなみをしていないことになります。するとこの「やつす」は、「他の普通の姫君と比べると身なりがみすぼらしい」という意味で使用されていることになります。

たり 助動詞

「たれ」は、助動詞「たり」の已然形です。

「存続(~ている)」「完了(~た)」の助動詞ですが、どちらでも訳せる場合も多いです。

ただ、もともとが「存続」ですので、どちらでも訳せるケースは「存続」と判断して、「ている」と訳しておくほうが無難です。

いと 副詞

「いと」は、副詞です。

肯定文のときは、「たいそう」「とても」と訳しておけばだいたい大丈夫です。

下に打消表現を伴う場合は、その「はなはだしさ」を否定していることになり、「それほど~ない」と訳しますので、注意が必要です。

さまことなり 形容動詞(ナリ活用)

「さまことに」は、形容動詞「様異さまことなり」の連用形です。

「異なり(ことなり)」という形容動詞がありまして、「(普通と)違っている」「格別だ」などと訳します。

さまことなり」は、「様」が「異なり」ということなので、「ようすが普通と違っている」「風変わりだ」「ようすが格別だ」という意味になります。

なお、この場面では「姫君の容貌」について語られており、「様子」が話題であることは自明なので、「ようすが」という訳語はなくても問題ありません。

やか 接尾語

「やか」は、接尾語です。

「やか」は、「名詞」や「形容詞・形容動詞の語幹」などについて、「いかにも~と感じられるさまである」という意味を付け加える接尾語です。

「細やか」「つややか」など、多くの語があります。

直後に「に」「なり」がつくことが多く、「〇〇やかなり」で一語の形容動詞と考えるのが一般的です。

そのため、傍線部中にある「あざやかに」「はれやかなる」は、形容動詞と考えるのが自然であり、「あざやか」「はれやか」は形容動詞の語幹とみなされます。

「あざかなり」とか「はれかなり」というのも見たことがあるよ。

「らか」という接尾語も、「やか」と同じはたらきをして、「〇〇らか」で「形容動詞の語幹」とみなされます。

「高らか」「安らか」といった表現は、現在でも使用しますね。

「やか」がつくのか、「らか」がつくのかに厳密なルールはなく、言いやすいほうが使用されたのだと思います。

「あざやか/あざらか」「はれやか/はれらか」などは、「やか」の使用例も、「らか」の使用例もあります。

あざやか(なり)

「あざ」は、皮膚に生じるアザと同根のことばで、「あざやか」は、くっきり際立っていることを意味します。

そのことから、「あざやか/あざらか」は、「際立っている」「きっぱりしている」「はきはきしている」という意味になります。

ただ、「鮮やかである」と訳しても、現代語として十分通じますので、×にはなりません。

はれやか(なり)

「はれ」は、「はるか」「はるばる」「原」といった語と同根で、霧や雨といった邪魔がなく、向こうまで見渡せる状態を意味します。

そのことから、「はれやか/はれらか」は、「すっきりしている」「さっぱりしている」などと訳します。

ただ、「晴れやかである」と訳しても、現代語として十分通じますので、×にはなりません。

あたらし 形容詞(シク活用)

「あたらしき」は、形容詞「あたらし」の連体形です。

係助詞「ぞ」があるので、結びとして連体形になっています。

「あたらし」の「あた」は、「あたひ(価・値)」の「あた」だと言われています。

その「本来はるはずの価値」が「発揮されていない状態」を表現しているのが形容詞「あたらし」であり、「惜しい」「もったいない」などと訳します。