妻子にも、まして従者にも物食はせ、着する事なし。(宇治拾遺物語)

(問)次の傍線部を現代語訳せよ。

今は昔、天竺に留志長者とて世に頼もしき長者ありける。大方おほかた蔵もいくらともなく持ち、頼もしきが、心の口惜しくて、妻子にも、まして従者ずさにも物食はせ、着する事なし

宇治拾遺物語

現代語訳

今は昔【今となっては昔のことだが】、インドに留志長者といって、まことに裕福な長者がいた。およそ蔵もいくつともなく【数えられないほど】持ち、裕福であるが、心が情けなくて、妻子にも、まして召し使いにも物を食べさせたり、着物を着せたりすることがない

ポイント

まして 副詞

「まして」は、副詞「して」です。「まいて」と書くこともあります。

「よりいっそう」「なおさら」「言うまでもなく」などという意味になりますが、そのまま「まして」と訳出しても問題ありません。

「況」はもともと「水+大きい」ということであり、「増えること」「増すこと」を意味します。そのことから、和文では、「況」を「まして」と読みました。

前に示した事柄「A」が「Q」であるとして、後ろに示す「B」が「よりいっそうQ」であることを示します。

ここでは、妻子に対して「物も食べさせないし、着物も着せない」ということに対して、「従者(召し使い)」に対しては、まして【なおさら・言うまでもなく】何もしない、という文意になります。

なお、漢文訓読体では「況」を「いはむや」と読みました。訳は同じで、「言うまでもなく」「まして」「なおさら」となります。

細かいことをいうと、「程度・量」の単純な比較で、「前」よりも「後ろ」のほうが増えている場合には、「なおさら」という訳語を使いがちです。

「昨日よりも今日のほうが、なおさら暑い」という感じです。

その一方、単純な比較ではなく「極端な差」があって、「言わなくてもわかると思うけど……」という意味合いの場合には、「言うまでもない」という訳語を使いがちです。

ただ、明確な線引きはできない文脈も多いので、それほどこだわる必要はありません。

どちらのパターンかなんとも言えない場合は、そのまま「まして」と訳出しておきましょう。

『枕草子』の最初のところに、

まいて、雁などのつらねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。

っていうのがあるね。

その直前に、「カラスが巣に行くのに三羽四羽、二羽、三羽と、飛び急いでいる様子が趣き深い」と述べられています。それと比べてよりいっそう、雁が整然と並んで飛んでいるのが、とても小さく見えるのは、たいそう趣きがある、ということですね。

これも「まして」としておけば大丈夫ですよ。

従者 名詞

「従者(ずさ)」は、名詞です。

「従う者」という漢字のとおり、「召し使い」「家来」「お供の者」などと訳します。

ただ、現代語でも「従者(じゅうしゃ・じゅしゃ)」なので、選択肢問題では「従者」とそのまま書いてあることも多いです。

食はせ  ⇒ なし / 着する事 ⇒ なし (対偶中止法)

「食はせ」は、「食はす(食べさせる)」の連用形です。

「着する」は、「着す(着せる)」の連体形です。

これは、「連用形」の「対偶中止法」と呼ばれる使い方です。いわゆる「ならびの修飾(@小西甚一先生)」というものです。

A、 
B、  
C ⇒ 用言P


というというかたちで、A、B、Cのどれもが、並列的に「用言P」に係っていく場合、「A」や「B」は「連用形」になるという「古文のくせ」があります。

ここでも、この法則がはたらいていますので、「食はせ(連用形)」も「なし」に係っていくと考えます。

したがって、「物を食べさせたり、着物を着せたりすることがない」と訳します。

「物を食べさせることもなく、着物を着せることもない」などと訳してもいいですね。

これ、この構文を知らないと、「物を食べさせて、(そして)着物を着せることがない」って訳しちゃうよね。

そうとってしまうエラーは本当に多いです。

A、B、C ⇒ 用言P

という並びで、AやBが「連用形」である場合には、A・B・Cのすべてが並列的に用言Pにかかっていく構造になりやすいので、注意しましょう。今回の例文のように、最後が「なし」などの否定表現である場合、意味が逆になってしまう誤読がおきます。

「ならびの修飾」については、小西甚一先生の『古文の読解』をご覧ください。

*詳細はリンク先でレビューなどを参考にしてください。