桜ははかなきものにて、かく程なくうつろひさぶらふなり。(宇治拾遺物語)

〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。

これも今は昔、田舎ゐなかちごの、比叡ひえの山へ登りたりけるが、桜のめでたく咲きたりけるに、風の激しく吹きけるを見て、この児、さめざめと泣きけるを見て、僧の、やはら寄りて、「などかうは泣かせたまふぞ。この花の散るを惜しう覚えさせ給ふか。桜ははかなきものにて、かく程なくうつろひさぶらふなり。されども、さのみぞさぶらふ。」となぐさめければ、「桜の散らんはあながちにいかがせん、苦しからず。わがてての作りたる麦の花散りて、実のらざらむ、思ふがわびしき。」と言ひて、さくりあげて、「よよ。」と泣きければ、うたてしやな。

宇治拾遺物語

現代語訳

これも今となっては昔のこと、田舎の児が、比叡山へ登って(修行をして)いたが、桜がみごとに咲いていたところに、風が激しく吹いたのを見て、この児は、さめざめと泣いたのを見て、僧が、ゆっくり近づいて、「なぜそのようにお泣きになるのか。この花が散るのを残念だとお思いになるのか。桜はあっけないもので、このようにすぐに散るのです。けれども、それだけのことです。」と慰めたのだが、(児は)「桜が散るのは無理にどうしようか、いや、どうしようもなく、苦しくはない。父が作った麦の花が散って、実が入らないとしたら、それを思うとつらい」と言って、しゃくりあげて、泣いたので、がっかりしたことだよ。

ポイント

はかなし 形容詞

「はかなき」は、形容詞「はかなし」の連体形です。

「頼りない」「むなしい」「あっけない」などと訳します。

「果」は「定量的な仕事」を意味します。

現在でも、「はかが進む」といったら、「仕事が進む」ことを意味するのですね。

「はかなし」の場合、その「果」がないことになりますので、「計算できる仕事がない」ということになります。 

そのことから、「頼りない」「むなしい」「あっけない」という訳語になります。

うつろふ 動詞(ハ行四段活用)

「うつろひ」は、動詞「うつろふ」の連用形です。

根本的には「移動する」ということですが、古文では主に「色が薄くなる」とか、「花が散る」とか、「顔色が悪くなる」とか、「心変わりする」といったように、「よくないほうに変化する」ことに使うことが多いです。

ここでは、文脈上、「桜の花が散る」の意味になりますね。

さぶらふ 動詞(ハ行四段活用)

「さぶらふ」は、敬語動詞です。ここでは直後に助動詞「なり」があるので、「連体形」です。

「さぶらふ」は、「謙譲語」にも「丁寧語」にもなりますが、他の動詞を補助している場合には「丁寧語」で考えるのが適当です。

「~です」「~ます」「~ございます」のうちから、訳にもっともフィットするものを採用して訳出しましょう。

なり 助動詞(断定)

「なり」は「断定の助動詞」です。ここでは終止形です。

「である」と訳せばよいのですが、ここでは「丁寧語」の「さぶらふ」と連結していますので、あわせて「~のです」としましょう。