いみじき成敗とぞ、あまねくほめののしりける。(沙石集)

〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。

 国の守、まなこ賢くして、「この主は不実の者なり。この男は正直の者」と見ながら、不審なりければ、かの妻を召して別の所にて、事の子細を尋ぬるに、夫が状に少しもたがはず。「この妻は極めたる正直の者。」と見て、かの主、不実の事たしかなりければ、国の守の判にいはく、「この事、たしかの証拠なければ判じがたし。ただし、ともに正直の者と見えたり。夫婦また言葉変はらず、主の言葉も正直に聞こゆれば、七つあらん軟挺を尋ねて取るべし。これは六つあれば、別の人のにこそ。」とて、六つながら夫婦に給はりけり。
 宋朝の人、いみじき成敗とぞ、あまねくほめののしりける

沙石集

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現代語訳

 国の守は、眼力がすぐれていて、「この落とし主は不誠実な者である、この男(拾った者)は正直者」と見るものの、確かではなかったので、彼【拾い主】の妻をお呼びになって(夫と)別の所で、事の詳細を尋ねると、夫の供述と少しも違わない。「この妻はこの上ない正直者。」と見て、あの落とし主が、不誠実であることは確実だったので、国の守の判決に言うことには、「この事件は、確かな証拠がないので判断しがたい。ただし、両方とも正直者と思われた。夫婦は言葉が変わらず、落とし主の言葉も正直に聞こえるので、(落とし主は)七枚あるという貨幣を探して取るのがよい【取りなさい】。これは六枚あるので、別の人ものに(違いない)。」と言って、六枚すべて夫婦にお与えになった。
 宋朝の人々は、すばらしい裁定だと、広く行きわたって【隅々に行きわたるほど】声高に称賛した

ポイント

いみじ 形容詞(シク活用)

「いみじき」は、形容詞「いみじ」の連体形です。

「いみじ」は、主に次の3つの訳になります。

すばらしい(とてもよい)
ひどい(とても悪い)
はなはだしい(たいそう~)


ここでは、文脈上「プラスの意味」で用いられていますので、「すばらしい」「見事な」などと訳しましょう。

成敗 名詞

「成敗」は名詞です。

「執政」「処置」「裁定」「処罰」など、行政や司法関係の語として使用されます。

サ変動詞「す」がつくと、「成敗す」でまとめて一語のサ変動詞として扱います。

政治も裁判も「おさばき」っていうもんね。

「敗」という字は「貝をふたつに分ける(破る)」ことを意味します。

そういう状態に「成す」ということですから、「あいまいでうやむやな物事」や「もめている物事」などを、「バキッと分かれた明晰な状態を成立させる」ことが「成敗」なのでしょうね。

なお、サ変動詞「す」がついて「成敗す」というかたちで使う場合、「成敗す」で一語のサ変動詞と考えます。

あまねし 形容詞(シク活用)

「あまねく」は、形容詞あまねし(あまねし)」の連用形です。

「普/遍」の字義のとおり、「広く行きわたる」「残すところがない」「隅々まで届く」という意味です。

ただ、現代語でも「あまねく」という語は通用するので、選択肢問題などでは、そのまま「あまねく」としていることもありますね。

記述問題の場合は、念のため言い換えておいた方がいいです。

ほめののしる 動詞(ラ行四段活用)

「ほめののしり」は、動詞「ほめののしる」の連用形です。

「誉む(賞賛する)」と「ののしる(大声で騒ぐ)」の複合語です。

あわせて「声高に賞賛する」などと訳してもいいですし、もう少しコンパクトにして、「ほめ騒ぐ」「ほめ立てる」などと訳してもOKです。

けり 助動詞

「ける」は、過去の助動詞「けり」の連体形です。

上に係助詞の「ぞ」がありますので、「ける」は結びとして連体形になっています。