あはれ 感動詞・名詞 / もののあはれ 連語

ああ・・・

意味

感動詞

(1)ああ

名詞

(1)しみじみとした趣き

(2)しみじみとした悲しさ(さびしさ)

(3)しみじみとした情け(愛情・人情・風情)

「もののあはれ」のかたちで・・・

(1)(物事にふれて生じる)しみじみとした趣き・情け

(2)(自然や人生の)機微に感じ入る心

ポイント

もとは「ああ……」という「言葉にならないため息のようなもの」であり、感動詞で用いる場合、そのまま「ああ」と訳せばOKです。

名詞で用いられている場合には、「ああ・・・としか言えない感情」を意味していますので、「名称」として名づけるのは難しいのですが、「しみじみとした趣き・情け」としておけば大丈夫です。

記述の場合は「しみじみとした」という表現を入れておいたほうがいいのですが、選択肢問題の場合は、シンプルに「情趣」「人情」「感慨」など、コンパクトな熟語で済ませてしまっていることも多いです。

これが形容動詞になったのが「あはれなり」なんだね。

そういうことですね。

何らかの物体や現象を「形容」しているのであれば「あはれなり」という形容動詞として扱います。

「あはれ」のかたちで「主語」になっているものは「名詞(体言)」と考えてください。

「主語」であれば「名詞(体言)」で確定ですが、主語でなくても、何かを形容しているわけではなく、「概念の名前」として使用している場合は「名詞(体言)」です。

「もののあはれ」っていうのは名詞なの?

はい。

「もの」「の」「あはれ」という連語ですが、まとめてひとつの体言(名詞)と考えてOKです。

「もの」は「物」のことですが、本質的には「変えることができないもの」の意を含んでいることが多いです。

「変えることができないもの」とは何かといえば、

(a)運命・既成事実・四季の移り変わり
(b)世間の慣習・決まり
(c)儀式・行事
(d)存在する物体、人間

などのことですね。

「もののあはれ」と表現する場合、このうち(a)の「もの」を示すと考えられています。

つまり、「逃れがたい運命がしみじみと悲しい」「自然の移り変わりがしみじみと胸をうつ」などという感情のことです。

例文

大方のみな荒れにたれば、あはれ、とぞ人々言ふ。(徒然草)

(訳)(帰ってくると、庭は)ほとんどみな荒れてしまっているので、ああ、と人々は言う。

言葉にならない悲しさ(さびしさ)を示しています。

感動詞であり、訳は「ああ」でOKです。

心なき 身にもあはれは 知られけり しぎ立つ沢の 秋の夕暮れ (古今和歌集)

(訳)情趣を解さない(出家した私の)身にも、(この自然の)しみじみとした趣きは感じられたなあ。鴫が飛び立つ沢の秋の夕暮れよ。

「主語」として使用されているので、「名詞(体言)」です。

さやの中山にかかりたまふにも、また越ゆべしとも覚えねば、いとどあはれの数添ひて、袂ぞいたくぬれまさる。(平家物語)

(訳)さやの中山【いまの静岡県掛川市にある峠】にさしかかりなさるも、【鎌倉に向かう平重衡一行は】再び(この峠を)越えるだろう【越えて帰るだろう】とも思われないので、ますます悲しさの数はふえて、袖はたいそう濡れてびしょびしょになる。

ここでの「あはれ」は「主語」になっているわけではありませんが、何かを形容しているわけではなく、「概念の名前」として示されていますので、「名詞(体言)」と考えます。

さては、もののあはれは知りたまはじ。(徒然草)

(訳)それでは、(人の)しみじみとした情けはおわかりにならないだろう。

「もののあはれ」の「もの」は、「具体的な何か」を指しているわけではないのですが、文脈上「自然」「人間関係」といった「テーマ(主題)」を伴っている場合があります。

記述問題であれば、「しみじみとした趣き・情け」などとしておけば問題ありませんが、選択肢問題の場合、「もの」の部分に「自然」とか「人生」といった「その文脈のテーマ」を代入してくることがあります。

もののあはれは秋こそまされ」と人ごとに言ふめれど、それもさるものにて、いまひときは心も浮き立つものは、春の気色にこそあめれ。(徒然草)

(訳)「(自然の)しみじみとした趣きは秋がすぐれている」と誰もが言うようだけれど、それももっともなこととして、さらにいちだんと心が浮き立つものは、春の様子であるようだ。

これも、「しみじみとした趣き」と訳しておけば問題ありませんが、「秋」とか「春」などと言っていますので、選択肢問題では「自然の」などと付け足してくる可能性はあります。