〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。
同じほど、それより下臈の更衣たちは、ましてやすからず。朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふつもりにやありけむ、いとあつしくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、いよいよあかずあはれなるものに思ほして、人のそしりをもえはばからせたまはず、世の例にもなりぬべき御もてなしなり。
源氏物語
現代語訳
同じ身分(の更衣)、それより身分が低い更衣たちは、いっそう気持ちが穏やかでない。朝夕の宮仕えにつけても、ほかの女御、更衣の心を動揺させるばかりで、恨みを受けることが積み重なったからであろうか、たいそう病気が重くなっていき、なんとなく心細げに実家に帰りがちであるのを、(帝は)ますます心残りで【満ち足りず】いとしいものにお思いになって、他人の非難も気兼ねすることがおできにならず、(後の)世の先例にきっとなるであろう(帝の更衣に対する)ご処遇である。
ポイント
そしり 名詞
「誹り(そしり)」は今でも使用することばですが、訳として問われている場合は、「非難」「悪口」などと言い換えておきましょう。
え~ず 呼応の副詞~助動詞
副詞「え」は、打消の助動詞「ず」と呼応することで、「~(する)ことができない」という訳になります。
えはばからず
であれば、「気兼ねすることができない」「遠慮することができない」などと訳します。
この文は、それに「最高敬語」がついています。
はばかる 動詞
「はばから」は、ラ行四段活用動詞「憚る(はばかる)」の未然形です。
「遠慮する」「気兼ねする」などと訳します。
「阻む(はばむ)」と同根のことばで、「対象とのあいだに障害を意識して距離を取る」というニュアンスです。
この「障害となる」というほうの意味が強く出ると、「邪魔なものがはびこる」という意味にもなります。
「憎まれっ子世にはばかる」の「はばかる」はこちらの意味ですね。
せたまふ 連語 *最高敬語(尊敬語)
「尊敬」の助動詞「す」が、尊敬語「たまふ」についたものです。
「お~になる」「~なさる」「~ていらっしゃる」などと訳します。
助動詞「す」は、単独で使用すれば「使役」の意味ですが、「たまふ」とセットになると、ほとんどの場合「尊敬」の意味になります。
すると、「尊敬の助動詞」+「尊敬語」という重複構造になりますので、主体者は「尊敬表現を重ねるほど偉い人」であるということになります。
そのため、「せたまふ」の主体者は、原則的に「天皇」などの「スーパートップ層」に限られることになります。
ただし、「会話文」の中であれば、人物をこの上なく持ち上げる意図で、天皇級でなくても「せたまふ」を使用することはあります。
ためし 名詞
「ためし」は、名詞「例(ためし)」です。
「前例」「先例」「語り草」などと訳します。
「た」は「手」であり、「めし」は「示し」の「めし」と同じものだと言われます。
「手本を示す」ということですね。
多くの場合、「後の世に手本を示すもの」という意味で、「前例」「先例」と訳します。
そのまま「手本」とか「規範」と訳す場合もあります。
ぬべし 連語
「完了」の助動詞「ぬ」に、推量の助動詞「べし」がついた連語です。文法書では「確述用法」と分類されることがあります。
ぬ 助動詞
このときの「ぬ」は、「~た」と訳すことがないことから、「確認」「確述」「強意」という意味で解することが多くなります。その場合、「きっと」「間違いなく」など、推量の意味を強めるような訳し方をしましょう。
ただ、「完了」の意味はそもそも時制には関係ありませんので、未来のことについて述べている「ぬ」を「完了」と解しても間違いではありません。
べし 助動詞
「べし」は、「推量・意志・可能・当然・命令・適当」など、多彩な意味に区別されています。
この文脈では、「当然(~にちがいない)」または「推量(~だろう)」の意味で取るのが妥当です。
もてなし 名詞
「もてなし」は、名詞です。
「ふるまい」「態度」「取り扱い」「処遇」などと訳します。
この場面では、どの訳語を使っても、それほど違和感がありませんね。