「敦盛の最期」で敬語を学ぼう(平家物語)

熊谷次郎直実がどんな人だったのかはこちら。

熊谷直実って何した人? ―日本一の剛の者 平敦盛討ち取って 思うところあり出家した―
熊谷直実(法力房蓮生) くまがいなおざね(ほうりきぼうれんせい)平安時代末期から鎌倉時代初めにかけて活躍した武将・僧侶です。数々の合戦で先陣を争う勇猛ゆうもうな武士でした。源頼朝よりともは、熊谷直実くまがいなおざねを「日本一の剛の者」と評し

平敦盛がどんな人だったのかはこちら。

平敦盛って何した人? ―後世まで 語りつがれる 笛の音―
平敦盛 たいらのあつもり平安時代末期の武将です。お父さんは平経盛つねもり(平清盛の弟)です。おじいさんは平忠盛ただもり(平清盛の父)です。位階は従五位下じゅごいのげを叙じょせられましたが、その際、官職につかなかったので、無官大夫むかんのたい

今回は『平家物語』の「敦盛の最期」の場面を読んで、敬語動詞のポイントを押さえていきましょう。

まずは「たまふ」「まゐる」といった「敬語」「動詞」であるということを忘れずに意識しておきましょう。

「敬語動詞」には、通常の動詞としての用い方である「本動詞」と、他の動詞の後ろに続いて、補助的な役割を果たす「補助動詞」があります。

敬語動詞は、「本動詞」と「補助動詞」で訳の仕方が異なるので、注意して訳す必要があります。

① 何か他の動詞(+助動詞)の直後につくことで、本来の意味が薄れ、補助的なはたらきをするものを「補助動詞」とよぶ。

② ①に対して、直前に他の動詞がなく、もともとの意味で用いるものを「本動詞」とよぶ。

「敬語」は、誰かに対する、誰かからの「敬意」を示します。敬意ではなく「畏れ」であるという考え方もありますが、説明の便宜のためにすべて「敬意」としておきます。

「尊敬語」 「行為の主体(行為主)」への敬意を示す。

   ★ 給ふ(たまふ)・宣ふ(のたまふ)・おはす など

「謙譲語」 「行為の客体(行為の受け取り手)」への敬意を示す。

   ★ 申す(まうす)・参る(まゐる)・奉る(たてまつる) など

「丁寧語」 「会話の聞き手」「文章の読み手」への敬意を示す。

   ★ 候ふ(さふらふ)・侍り(はべり) など

さて、「誰からの敬意」なのか、ということについては、ややこしく考えずに、次のことを法則にしましょう。

「敬語」の「敬意の出発点」は、すべて「その言葉を作った人物」である。

「尊敬語」でも「謙譲語」でも「丁寧語」でも、「その言葉を生成した人」から、「誰か」への敬意を示しているということです。

くわしいことは本文を読みながら確認していきましょう。

それでは、「敦盛の最期」をテキストにして、本文中の尊敬語謙譲語丁寧語について、「どう訳すのか」「誰から誰への敬意を示しているのか」ということを考えていきましょう。

「さては、なんぢにあうては、名のるまじいぞ。なんじがためにはよい敵ぞ。名のらずとも首をとつて人に問へ。見知らうずるぞ。」とぞのたまひける。熊谷、「あっぱれ大将軍や。この人一人討ちたてまつ(り)たりとも、負くべきいくさに勝つべきやうもなし。 

また討ちたてまつらずとも、勝つべきいくさに負くることもよもあらじ。小次郎が薄手負うたるをだに、直実は心苦しうこそ思ふに、この殿の父、討たれぬと聞いて、いかばかりか嘆きたまはんずらん。あはれ助けたてまつらばや。」と思ひて、後ろをきつと見ければ、土肥、梶原五十騎ばかりでつづいたり。熊谷、涙をおさえて申しけるは、「助けまゐらせんとは存じ候へども、見方の軍兵、雲霞のごとく候ふ。よものがれさせたまはじ。 人手にかけまゐらせんより、同じくは、直実が手にかけまゐらせて、後の御孝養をこそつかまつり候はめ。」と申しければ、「ただとくとく首をとれ。」とぞのたまひける。熊谷、あまりにいとほしくて、いづくに刀を立つべしともおぼえず、目もくれ心も消えはてて、前後不覚におぼえけれども、さてしもあるべきことならねば、泣く泣く首をぞかいてんげる。「あはれ、弓矢とる身ほど口惜しかりけるものはなし。武芸の家に生まれずは、何とてかかるうきめをばみるべき。なさけなうも討ちたてまつるものかな。」 とかきくどき、袖を顔におしあてて、さめざめとぞ泣きゐたる。

やや久しうあつて、さてもあるべきならねば、鎧直垂をとつて、首をつつまんとしけるに、錦の袋に入れたる笛をぞ、腰にさされたる。「あないとほし、この暁、城の内にて管絃したまひつるは、この人々にておはしけり。 当時味方に、東国の勢何万騎かあるらめども、いくさの陣へ笛持つ人はよもあらじ。上臈は、なほもやさしかりけり。」とて、九郎御曹司の見参に入れたりければ、これを見る人、涙を流さずといふことなし。 後に聞けば、修理大夫経盛の子息に大夫敦盛とて、生年十七にぞなられける。それよりしてこそ熊谷が発心のおもひはすすみけれ。

『平家物語』

ひとつ、ふたつずつくらいで確認していきます。

「さては、なんぢにあうては、名のるまじいぞ。なんじがためにはよい敵ぞ。名のらずとも首をとつて人に問へ。見知らうずるぞ。」とぞのたまひける。

【訳】「では、あなたに対しては、名のるまいぞ。あなたのためには(私は)よい敵だ。名乗らなくても(私の)首を取って人に問え。(私を)知っているだろう」と(敦盛は)おっしゃった。

ここでの「のたまひ」は「尊敬語(補助動詞)」の「連用形」です。

敬意の方向は「作者から敦盛」です。

この前の部分で、熊谷次郎直実は、「武蔵の国に住んでいる者」と名乗っていました。

役職を名乗らないということは、「名乗るほどの役職」に就いていないのだと、敦盛は思ったのでしょう。そこで敦盛は、「名乗り合うほどの関係ではない」と判断し、名乗らなかったのです。

敦盛が「名前も名乗らない嫌な奴」ということではなくて、「格」を重視した慣例があったのですね。

なお、敦盛が、「あなたのためには(自分は)よい敵だ」と述べているのは、「平家の重要人物である自分の首をとれば大手柄になるぞ」ということを言いたいのです。

熊谷、「あっぱれ大将軍や。この人一人討ちたてまつ(り)たりとも、負くべきいくさに勝つべきやうもなし。 

【訳】熊谷は、「ああ立派な大将軍だ。この人一人を討ち申し上げたとしても、負けるはずの戦に勝つはずもない。

ここでの「たてまつり」は「謙譲語(補助動詞)」の「連用形」です。

「補助動詞」である「謙譲語」は、「お~申し上げる」と訳します。

「~」には、直前にある動詞の訳が入ります。

熊谷の発言の中の謙譲語」なので、敬意の方向は「熊谷から敦盛」です。

「敬語」というものの「敬意の出発点」は、いかなる場合でも「その言葉の生成者」です。

ですから、「尊敬語」でも「謙譲語」でも「丁寧語」でも、地の文にあれば、敬意の出発点は「作者」になります。「会話文」のなかにあれば、「話している人」からの敬意になります。「心内文」のなかにあれば、「思っている人」からの敬意になります。

「  」が書いていなくても事実上会話文になっている部分や、心内文になっている部分もありますから、そこには注意してください。

また討ちたてまつらずとも、勝つべきいくさに負くることもよもあら

【訳】また 討ち申し上げないとしても、勝つはずの戦に負けることはまさかあるまい。                                

ここでの「たてまつら」は「謙譲語(補助動詞)」の「未然形」です。

「よも~じ」は、古文に頻繁に出てくる「決まった言いまわし」です。

「まさか~まい」と訳します。

「じ」は「打消推量」または「打消意志」の助動詞です。

「打消推量」の場合には、「まさか~ないだろう」と訳すこともできます。

「打消意志」の場合には、「まさか~するつもりはない」と訳すこともできます。

たとえば、

「よも咲かじ」→「まさか咲くまい」or「まさか咲かないだろう」

「よも行かじ」→「まさか行くまい」or「まさか行くつもりはない」

となります。

直実は、敦盛を討ち取っても討ち取らなくても、戦そのものの勝ち負けには関係ないと思っているのですね。

小次郎が薄手負うたるをだに、直実は心苦しうこそ思ふに、この殿の父、討たれぬと聞いて、いかばかりか嘆きたまはんずらん。あはれ助けたてまつらばや。」と思ひて、後ろをきつと見ければ、土肥、梶原五十騎ばかりでつづいたり。

【訳】(自分の息子である)小次郎が軽い傷を負ったことさえ、直実はつらく思うのに、この殿(敦盛)の父は、(敦盛が)討たれたと聞いて、どれほどれほど嘆きになるだろうか。ああ 助け申し上げたい。」と思って、後ろを きっ と見たところ、土肥、梶原(率いる軍勢が)五十騎ほどで続いている。

ここでの「たまは」は「尊敬語(補助動詞)」の「未然形」です。

尊敬語を「補助動詞」として用いる場合は、「お~になる」「~なさる」「~ていらっしゃる」などと訳します。

敬意の方向は「熊谷から敦盛の父」です。

敬意の方向は、まず「誰への敬意」なのかを考えるほうが早いです。

「尊敬語」は「行為の主体者」への敬意を示すものであり、ここでは、「嘆く」主体者は「この殿(敦盛)の父」ですから、「敦盛の父への敬意」ということになります。

そして、「敬語」は「尊敬語・謙譲語・丁寧語」のどれであっても、「言葉の作り手」からの敬意を示すものですから、「この言葉を考えた人」を出発点にします。

ここは 熊谷、「   。」と思ひて、 となっていることから、熊谷の心の中の言葉であることがわかります。ということは「敬意の出発点」は「熊谷」になります。

次に出てくる「たてまつら」は「謙譲語(補助動詞)」の「未然形」です。

敬意の方向は「熊谷から敦盛」です。

「助ける」という行為は、「熊谷」の行為ですが、「謙譲語」というのは、その行為を「受け取る人」への敬意を示します。

したがって、「たてまつら」は「敦盛」への敬意を示していることになります。「言葉の作り手」は「熊谷」ですから、「熊谷から敦盛への謙譲語」となります。

「ばや」は「希望・願望」を意味する「終助詞」です。

「~たい」「~たいなあ」などと訳します。

『とりかへばや物語』という作品がありまして、それは、「内気な男の子」と「活発な女の子」を、父が「取り替えたいなあ」と思い、男の子を「姫君」として、女の子を「若君」として育てることになった話です。「とりかへばや」で覚えておくといいですね。

熊谷、涙をおさえて申しけるは、

【訳】熊谷が、涙をおさえて申し上げたことには、

ここでの「申し」は、「謙譲語(本動詞)」の「連用形」です。

敬意の方向は「作者から敦盛」です。

「申す」は、立場が上の人に対して話すということですね。

現在でも電話で「もしもし」と言いますけれども、それは「申し申し」がつまったものですね。

「助けまゐらせんとは存じ候へども、味方の軍兵、雲霞のごとく候ふ。よものがれさせたまはじ。

【訳】「助け申し上げようとは存じますが、味方の軍兵が、雲霞のようにおります。まさか逃げになることはできないだろう。

ここでの「まゐらせ」は、「謙譲語(補助動詞)」の「未然形」です。

敬意の方向は「熊谷から敦盛」です。

ここでの「候へ」は、「丁寧語(補助動詞)」の「已然形」です。

敬意の方向は「熊谷から敦盛」です。

丁寧語は、「補助動詞」であれば、「~です」「~ます」などをつけて、直前の動詞を丁寧にすればいいです。

次の「候ふ」は「丁寧語(本動詞)」の「終止形」です。

敬意の方向は「熊谷から敦盛」です。

丁寧語は、「本動詞」であれば、「あります」「おります」「ございます」などと訳しましょう。

次の「たまは」は、「尊敬語(補助動詞)」の「未然形」です。

敬意の方向は「熊谷から敦盛」です。

「雲霞」というのは文字通り「雲や霞」のたとえなのですが、「人が大勢で群がっている」ことをたとえることが多い言葉です。

人手にかけまゐらせんより、同じくは、直実が手にかけまゐらせて、後の御孝養をこそつかまつり候はめ。」と申しければ、

【訳】(私以外の)人手にかけ申し上げる(ようなこと)より、同じことならば、直実の手にかけ申し上げて、死後の御供養をしてさしあげましょう。」と 申し上げたところ、

最初の「まゐらせ」は、「謙譲語(補助動詞)」の「未然形」です。

敬意の方向は「熊谷から敦盛」です。

二回目の「まゐらせ」は、「謙譲語(補助動詞)」の「連用形」です。

敬意の方向は「熊谷から敦盛」です。

ここでの「つかまつり」は「謙譲語(本動詞)」の「連用形」です。

「~してさしあげる」と訳します。

敬意の方向は「熊谷から敦盛」です。

ここでの「候は」は「丁寧語(補助動詞)」の「未然形」です。

敬意の方向は「熊谷から敦盛」です。

最後の「申し」は「謙譲語(本動詞)」の「連用形」です。

敬意の方向は「作者から敦盛」です。

最後の「申し」以外は、すべて熊谷次郎直実のセリフのなかにあります。すべて熊谷が作り出した言葉なのですから、敬意の出発点は「熊谷から」になります。

最後の「申し」は、セリフの外ですから「地の文」にあります。

「地の文」は「作者」が作り出した言葉ですから、敬意の出発点は「作者から」になります。

「ただとくとく首をとれ。」とぞのたまひける。

【訳】(敦盛は)「ただ早く早く首をとれ」とおっしゃった。

「のたまひ」は「尊敬語(本動詞)」の「連用形」です。

「のたまふ」は非常によく出てくる尊敬語ですね。

敬意の方向は「作者から敦盛」です。

熊谷、あまりにいとほしくて、いづくに刀を立つべしともおぼえず、目もくれ心も消えはてて、前後不覚におぼえけれども、さてしもあるべきことならねば、泣く泣く首をぞかいてんげる。

【訳】熊谷は、あまりに気の毒で、どこに刀を刺すのがよいとも思われず、目もくらみ心も消えはてて、前後不覚に思われたが、そうしてばかりもいられないので、泣く泣く(敦盛の)首を切ってしまった。

ここに・・・敬語は、ありませんね。

「さてしもあるべきことならば」という表現は、しばしば出てくる言いまわしですね。

「べし」は打ち消し表現を伴うと、「可能」の意味になりやすくなります。

かならず「可能」の意味になるわけではないのですが、「べし+打ち消し表現」は、最初に「可能」の意味でとってみて、すんなり訳せるならそのまま「可能」の意味でとるといいですね。「可能」を「打ち消す」わけですから、文全体としては「~できない」という訳になります。

ここでは「ね」が、打消の助動詞「ず」の已然形なので、「べし+打ち消し表現」になっています。

「そうしてばかりもいらないので」と訳してみると、前後関係もすんなりいきますので、「べし」は「可能」で決定です。

「あはれ、弓矢とる身ほど口惜しかりけるものはなし。武芸の家に生まれずは、何とてかかるうきめをばみるべき。なさけなうも討ちたてまつるものかな。」とかきくどき、袖を顔に押しあてて、さめざめとぞ泣きゐたる。

【訳】「ああ、武士ほど残念であったものはない。武芸の家に生まれていなければ、どうしてこのようなつらいめにあうだろうか【このようなつらいめにあうことはないだろう】。「心もなく討ち申し上げたものだなあ。」と、くどくどぐちを言い、袖を顔に押しあてて、さめざめと泣いていた。

「たてまつる」は「謙譲語(補助動詞)」の「連体形」です。

敬意の方向は「熊谷から敦盛」です。

やや久しうあつて、さてもあるべきならねば、鎧直垂をとつて、首をつつまんとしけるに、錦の袋に入れたる笛をぞ、腰にささたる。

【訳】やや長い時間がたって、そうしてばかりもいられないので、(敦盛の)鎧直垂をとつて、首を包もうとしたところ、錦の袋に入れた笛を、(敦盛は)腰に差しになっていた。

「敬語動詞」ではありませんが、ここでの「れ」は、助動詞「る」の「尊敬」の意味の用法になりますので、「お差しになっていた」と訳します。

助動詞「る」「らる」は、「自発」「受身」「尊敬」「可能」の4つの意味のどれかになります。

①「思ふ」「思ひ出づ」「泣く」といった、自然にそうなる動詞(無意識的行為)についていれば「自発」ですが、「差す」は無意識の行為ではありませんから、「自発」の意味ではありません。

②下に打ち消し表現を伴っていれば「可能」の意味になりやすくなりますが、「打消し表現」がありませんので、「可能」ではありません。

③「れ」を「受身」の意味でとると、敦盛が他の誰かの手によって「笛」を「腰」に「さされていた」ということになります。ここだけ見ればその意味でもとれなくはなさそうですが、後ろの文脈まで追っていくと、敦盛は自分自身の手で笛を持参していたことがわかります。したがって「受身」でもありません。

以上の理由で「自発」「可能」「受身」の意味は除外されますので、残った「尊敬」がここでの意味になります。

実際、他の箇所で「敦盛」はずっと敬語を使う対象となっていたので、ここにだけ敬語表現が使用されないのもちょっとおかしいですね。その観点でも「ささける」の「れ」は「尊敬」の意味の助動詞と解釈します。

「あないとほし、この暁、城の内にて管絃したまひつるは、この人々にておはしけり。

【訳】「ああかわいそうだ、今日の暁、平家の城の中で演奏をしなさっていたのは、この人たちでいらっしゃったのだなあ。

「たまひ」は「尊敬語(補助動詞)」の連用形です。

熊谷のセリフの中なので、敬意の方向は「熊谷から敦盛」です。

「おはし」は「尊敬語(補助動詞)」の連用形です。

他の動詞に直接続いているかたちの補助動詞ではありませんが、

体言+に+て+おはす

のかたちになっているときは、「体言にて」を補助しているような使用法なので、「補助動詞」と考えるのが一般的です。

敬意の方向は「熊谷から敦盛」です。

当時味方に、東国の勢何万騎かあるらめども、いくさの陣へ笛持つ人はよもあら。上臈は、なほもやさしかりけり。」とて、

【訳】現在味方に、東国の兵の勢力が何万騎かあるだろうが、戦の陣へ笛を持つ人はまさかまい。身分の高い人は、やはり優雅であるなあ。」と言って、

また「よも~じ」が出てきましたね。

本文に「よも~じ」があれば、かなりの高確率で設問にからみます。

九郎御曹司の見参に入れたりければ、これを見る人、涙を流さずといふことなし。

【訳】九郎御曹司に(首と笛を)せしたところ、これを見る人が、涙を流さないということはない。

「九郎御曹司」は源義経のことですね。熊谷のいる軍の指揮者です。敬語動詞はないのですが、「見参」ということばに「参」が入っています。

「参」は目上の者の場所へ行くことを意味しており、「見参」というのは、目上の者に何かをお見せすることを意味します。そのため、「お見せする」とか「お見せ申し上げる」といったように、「謙譲語」のように訳せるといいですね。

後に聞けば、修理大夫経盛の子息に大夫敦盛とて、生年十七にぞならける。それよりしてこそ熊谷が発心のおもひはすすみけれ。

【訳】後になって聞いたところ、修理大夫経盛の子どもである大夫敦盛といって、生年十七歳になっていらっしゃった。その時から、 熊谷の出家しようという思いはますます強くなった。

「敬語動詞」はありませんが、ここでは「なられける」の「れ」は「尊敬」の意味になります。

そのため、訳には「尊敬」のニュアンスが出るといいですね。