本文
仁和寺にある法師、年よるまで石清水を拝まざりければ、心うく覚えて、ある時思ひ立ちて、ただひとりかちより詣でけり。極楽寺、高良などを拝みて、かばかりと心得て帰りにけり。さてかたへの人にあひて、「年頃思ひつることはたし侍りぬ。聞きしにも過ぎて尊くこそおはしけれ。そも、参りたる人ごとに山へ登りしは、何事かありけむ。ゆかしかりしかど、神へ参るこそ本意なれと思ひて、山までは見ず。」とぞ言ひける。少しのことにも、先達はあらまほしきことなり。
徒然草
現代語訳
仁和寺にある法師が、年をとるまで石清水(八幡宮)を拝まなかったので、残念に思われて、ある時思い立って、ただ一人徒歩で参詣した。極楽寺、高良神社などを拝んで、(石清水八幡宮は)これだけと納得して帰った。さて(仁和寺にある法師は)仲間に会って、「長年思っていたことを、果たしました。聞いていた以上に、尊くいらっしゃった。それにしても、お参りに来た人それぞれが山へ登ったのは、何事があったのだろうか。知りたいと思ったけれど、神へお参りすることが本来の目的であると思って、山までは見ない」と言った。ちょっとしたことでも、案内人はあってほしいことである。
ポイント
心うし 形容詞(ク活用)
「心うく」は、形容詞「心憂し」の連用形です。
「つらい・情けない」などと訳します。
おぼゆ 動詞(ヤ行下二段活用)
「おぼえ」は、動詞「覚ゆ」の連用形です。
「自然と感じられる・思われる」という意味です。
かちより 連語
名詞「徒歩」に、手段を示す格助詞「より」がついたものです。
「徒歩で」と訳します。
学校の試験だと、「徒歩」の読みが問われることが多いですね。
まうづ 動詞(ダ行下二段活用)
「詣で」は、動詞「まうづ」の連用形です。
「参づ」「詣づ」を「まうづ」と読みます。
ここでは「詣」のほうの漢字が使われていますし、向かう先が石清水八幡宮なので、「参詣する」「参拝する」などと訳すのがいいですね。
けり 助動詞
「けり」は、「過去」の助動詞「けり」の終止形です。