めり 助動詞

意味

(1)~ようだ・~ように見える *視覚的な推定を表現

(2)~ようだ・~ように思える *断定を避けた婉曲的表現

ポイント

「見+あり」または「見え+あり」がつまったものだと考えられています。

「めり」というのは、「視覚情報」を「根拠(手がかり)」にして、何かを「推定」するときの助動詞です。「推定」というのは、「根拠のある推量」のことです。

そのため、「めり」がある場合、たいていの場合は登場人物が何かを見ている(見ていた)ことになります。

「見たもの」を根拠にしているわけではなく、主観的判断を婉曲的に示している場合には、(2)の使い方と考えましょう。

ただ、(1)と(2)の境界線は薄く、どちらでも訳せる場合も多いです。

なんか似たようなやつがなかったけ?

+あり」がつまってできた「伝聞・推定」の助動詞「なり」のことでしょうね。

こちらは、「聴覚情報」を「根拠(手がかり)」にして「推定」する助動詞です。

例文

あはれに言ひ語らひて泣くめれど、涙落つとも見えず。(大鏡)

(訳)しみじみと語り合って泣くようだが(泣くように見えるが)、涙が落ちるとも見えない。

人いと多く、きらぎらしうてものすめり。(蜻蛉日記)

(訳)人がたいそう多く、きらびやかな様子で行くようだように見える)。

「もののあはれは秋こそまされ」と人ごとに言ふめれど、(徒然草)

(訳)「しみじみとした情趣は秋が優れている」と人々が言うようだが、

この例文は、「秋が最高!」と言っている人を同時間に視覚情報として認知しているケースではないので、「視覚による推定」とは判断しにくい状況です。

「世間ではみんなそんなふうに言うみたいだけど・・・」という感じで、実際に見たわけではない発言も含めて述べていると考えられます。

こういう場合の「めり」は、「(視覚による)推定」ではなくて「婉曲」とされています。

ただし、「推定」と「婉曲」の用法の区別はけっこう曖昧ですので、「めり」について「推定」なのか「婉曲」なのかを区別させる問題はほとんどありません。

 

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★重要単語
減点されない古文