〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。
寝殿の東面払ひあけさせて、かりそめの御しつらひしたり。水の心ばへなど、さる方にをかしくしなしたり。田舎家だつ柴垣して、前栽など心とめて植ゑたり。風涼しくて、そこはかとなき虫の声々聞こえ、蛍しげく飛びまがひて、をかしきほどなり。
源氏物語
現代語訳
寝殿の東面を片づけて空けさせて、一時的なお部屋をご準備なさった。遣水の趣向などは、それ相応に趣深く作っている。田舎家風の柴垣を廻らして、前栽など気を配って植えてある。風が涼しくて、どことはっきりしない虫の声々が聞こえ、蛍がたくさん飛び交って、趣き深い様子である。
ポイント
そこはかとなし 形容詞
「そこはかとかなく」は、形容詞「そこはかとなし」の「連体形」です。
直後に「虫の声々」という体言があるので、「連体形」になっています。
もともと「其処は彼」という言い回しがありました。端的にいうと「そこはこれ」ということですね。
そのことから、「はっきりと見定められている」というニュアンスで、「そこはかと」という副詞として使用されていきます。
ただ、この副詞は、後ろに打消表現を伴って、「はっきりどことは ~ ない」という文脈で使用されることがとても多い語でした。
そこはかと知りて行かねど
であれば、
はっきりどこと知って行くのではないが
という訳になります。
特に、直後に「なし」がそのままついて、「そこはかとなし」のかたちで使用されることがほとんどでしたね。
「どことはっきりしない」という訳になります。
時代が下ると、「そこはかとなし」で強く結びついて、ひとつの形容詞として扱われていきました。
これは、
ソコワカトナシ
と読むんじゃないの?
「そこは」の「は」は、時代を経て「ワ」と発音するようになりましたけれども、もともとの(とても古い時代の)発音は「ファ」です。
「其処は彼」という表現が出現した時点では「ソコファカ」と読んでいたのだと推測されます。
「そこはかとなし」は、早い段階で連語的に一語化しているので、古い発音の痕跡が残っているのではないでしょうか。
証拠はないので仮説ですが・・・。
有名なところでは、『徒然草』に
日暮し、硯に向かひて、そこはかとなく書きつくれば、
という表現がありますね。
ああ~。
「どことはっきりしていない」というニュアンスから、「とりとめもない」とか「これということもない」といった訳になるんだな。
そうです。