〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。
僧都、世の常なき御物語、後の世のことなど聞こえ知らせたまふ。わが罪のほど恐ろしう、あぢきなきことに心をしめて、生けるかぎりこれを思ひなやむべきなめり、まして後の世のいみじかるべき、思しつづけて、かうやうなる住まひもせまほしうおぼえたまふものから、昼の面影心にかかりて恋しければ、「ここにものしたまふは誰にか。尋ねきこえまほしき夢を見たまへしかな。今日なむ思ひあはせつる。」と聞こえたまヘば、
源氏物語
現代語訳
僧都は、世の常ではない御物語や、後世のことなどを(源氏に)お話し申し上げなさる。(源氏は)自身の罪が恐ろしく、どうしようもないことに心をいっぱいにして、生きるかぎりこのことを思い悩むことになるだろう、まして後世は、たいそうひどいことになるはずだとお思いになりつづけて、このような(隠遁した)住まいに暮らしたいとお思いになるが、昼の面影が心にかかって恋しいので、「ここにお住みになるのは誰か。お尋ね申し上げたいという夢を拝見したよ【見ましたよ】。今日、(ここに来て)思いあたった。」と申し上げなさると、
ポイント
きこゆ 動詞
「きこえ」は、敬語動詞「聞こゆ」の連用形です。ここでは謙譲語の補助動詞です。
謙譲語が、別の動詞の下についている場合(補助動詞の場合)、
お~申し上げる
~てさしあげる
などと訳します。
ここでは「お尋ね申し上げる」と訳しましょう。
まほし 助動詞
「まほしき」は助動詞「まほし」の連体形です。
自分の希望も他者への願望も表せる助動詞ですが、ここでは謙譲語とセットになっているので、自分の希望と解釈します。
たまふ 敬語動詞(ハ行下二段活用)
「たまへ」は、敬語動詞「給ふ」の連用形です。
「たまふ」は、多くの場合「四段活用」ですが、ここでは「下二段活用」になっています。
下二段活用の「たまふ」は、謙譲語と考えます。
謙譲語としての「給ふ」(下二段活用)については、本動詞としての用法「いただく」は万葉期にほんの少し出てくるだけなので、補助動詞としてしか使われないと考えても問題ありません。しかも「思ふ」「見る」「聞く」「知る」にしかつきません。さらに会話文と手紙文にしか用例がありません。通常の謙譲語と異なり、動作を差し出すわけではなく、自分がへりくだるだけの謙譲表現なので、「~し申し上げる」と訳すよりは、「~させていただく」と訳したほうが適当です。これを「丁寧語」に限りなく近い用法と判断している文法的立場もあるため、「~ております」「~ます」などと訳してもよいです。
き 助動詞
「し」は、「過去」の助動詞「き」の連体形です。
かな 終助詞
感動・詠嘆を表す終助詞「かな」は連体形につきます。
そのことから、直前の「し」は、活用語であれば連体形になっています。
連体形が「し」になるのは過去の助動詞「き」です。
「き」は連用形につくため、直前の「たまへ」は連用形です。
そういうふうに考えていくと、この「たまへ」は下二段活用の「たまふ」であることになります。
もしこれが四段活用であるなら、連用形は「たまひ」になるはずです。「たまふ」が下二段活用である場合は、「尊敬語」ではなく「謙譲語」になると考えましょう。